虎人族の里
俺は今、里の裏から続く山にいる。事の発端は小虎達が俺が虎人族であることを信じず、喧嘩を吹っ掛けてきたことだ。内容はどれだけ野菜系魔物を狩れるかというものだった。しかし、あいつらは子供で俺は大人。勝負にならないだろうということで俺は盛大にハンデを背負わされた。基本的に弓で仕留めるように指定されてしまったのだ。後ろで見ているだけだったヨシズと始めに俺たちに話しかけてきた男サイガが勝手に決めていたため、口を挟む隙がなかった。
サイガが定めたルールは3時間でどれだけ仕留めたかを競うというもので、あらかじめ指定された場所に狩ったものを積み上げ、それを集計して勝負を決めるというものだった。ちなみに、アイテムボックスは使用禁止となっている。
「さて、さっさと狩りにいこうか。とはいえ、ほとんど使ったことのない弓で仕留めるとなるとなぁ……」
俺の基本戦闘法は徒手空拳。最近は双剣にも慣れてきた。つまり、弓など持ったことも使ったこともない。正直に言うと『噛み付き、噛み千切る』これが最も慣れているし威力も高い。虎姿の方が長いからな。
「かなりのハンデだとは思うが……ちびっこに負けるのは癪だからな」
俺は気配を消しつつ弓を構える。基本的なやり方はサイガから教えてもらったため、取り扱いに不安はない。早速見つけた胡瓜馬目掛けて射る。野菜系魔物は頭を攻撃しないと倒れてくれない。今俺が射た矢は胡瓜の胴体に刺さり、仕留めきれていない。追い付くこともできず逃げられた。
「やっぱりなぁ……当たっただけましか」
負けるつもりはないが……少し心が折れそうだ。
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シルヴァーが一人慣れない弓に苦戦している頃、対戦相手の小虎たちは……
「あ、紫キャベツに芽キャベツだ」
「先に紫キャベツをたおさないと。毒にはきをつけて」
キャベツやレタス系統の魔物は両断してしまえばすぐに終わる。しかし、かなり強い毒を持っているため注意が必要である。
「よいしょっ。やっぱりこいつらには斧が便利だね」
「僕それ使えないんだけど……」
「その代わり弓は上手じゃん。おっ、タマネギだ」
「えっ、あ……ごめん、逃げられちゃった」
タマネギ(魔物)は足が速いのが特徴である。足をもぐまで倒れないから面倒くさいがその分おいしい素材である。
「まぁ、しょうがないね」
苦笑いで緩く首を振ると、次の瞬間には気持ちを入れ換えたかのように明るい笑顔を浮かべて歌い出す。
「紫キャベツは毒キャベツ~♪ スパッと両断、無力化だ~♪」
「魔物化タマネギ足速い~♪ 連携必須の難敵だ~♪」
「「次は何が見つかるかな?」」
小虎達の狩りはどうやら順調のようだ。
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三時間が過ぎた。それぞれが狩ったものを集計する。
「どれどれ……お手並み拝見といこうか」
シルヴァーの方の集計はサイガが、小虎たちの方の集計はヨシズがやることになった。両者の集積場所は離れているため、結果は里に戻ってから分かる。
「どれどれ……結構あるな。マメ系が多目か? 房の時点で叩き落とせば厄介な弾丸は飛んでこないが。点で攻撃する弓なのによくもまぁ……」
マメ系の魔物はこちらを認識したら房ごと飛んできて弾けてマメが弾丸のように襲ってくる。俺は房の時点で打ち落としたためかなりの数を狩れた。
「遠くからは無理だったが近くからなら当てるのは簡単だろ」
「つまり、お前目掛けて飛んできたやつを打ち落としたと? やるな、お前」
サイガがマメの房をつまみつつこちらを唖然とした顔で振り向いてから感心したように言う。
「しかし、最初は本当に当たらなくてな……」
俺の弓の扱いが下手なせいで逃したのは最初の胡瓜馬だけではない。あまりにも当たらないものだから却って気合いが入った。基本的に負けず嫌いだからな俺。
「まぁ、誰でも通る道だな。里でも弓をメインにするのはほとんどいない。接近戦が壊滅的のやつだけだったと思う」
そうなのか。その点、俺は徒手空拳を主としているからな。だが、野菜系の魔物には向いていない。帝国では封印すべきだろうか。
「あー、そう言えばお前、隙のない身のこなししてんな。もしかして格闘が得意か?」
「ああ。メインがそれだぞ」
「じゃあ、この国では大変だろう。刃物は使えないのか?」
「いや、双剣は少しは使えるようになった」
「双剣ねぇ……少しはってどういうことだ」
その疑問に答えるべく俺はクナッススでの出来事を話した。サイガの反応が予想以上に良かったので危うく余計なことまで話してしまうところだった。
「そんなことが起こっていたのか。だが、騒動は収めたんだよな? 復興の方はどうなっている?」
「俺達があちらにいる間に大分持ち直したからな。今は通常の生活ができているはずだ。国の上層部は殺人的な忙しさだと聞いたが」
「国の上層部!? お前、以外と偉い立場にいるのか? スマン、話し方を改めた方がいいか」
「いや、俺自身は権力とは無縁だ。話し方もそのままでいい」
国の上層部に知り合いがいる=地位が高いというわけではない。少し短絡的に考えすぎだろ。
「じゃあ、このままいかせてもらうぜ。なぁ、さっき双剣を使えると言っていたよな。ウチの長老も双剣の使い手なんだ。それも熟練の。指導してもらえるように取り成そうか?」
「それは助かるが……そう長く滞在するつもりはなかったから、メンバーに聞いてみないと返事は出来かねるな」
「そうか。1週間でもいいから滞在して欲しい。宿泊費は取らないから。……その代わりに魔法を教えてもらえれば助かるんだが」
「……それが本音か」
しかし魔法は素質の問題もあるからな。1週間だとどこまで教えられるか……。って、引き受ける方向で考えているな、俺。
「よし、着いたぞ。里の中央広場で結果発表だ」
「中央広場か。遠目に見えるあの人だかりか?」
「おう。こんな辺鄙な場所にあるからな。皆娯楽に飢えてんだよ」
こんなのでも娯楽になるのか。楽しいものかね?
「おおーい。こっちこっち。シル兄ちゃんも結構あるね……」
そうだろう。慣れない弓とはいえ終盤は狩りまくれる程度には慣れたからな。それと、マメ系がホクホクだった。
「……こりゃあ賭けの行方は分からないかな」
ぼそりと続いた言葉に俺は思わずつっこむ。
「賭けってお前なぁ……一体何をやっているんだ」
「賭けは賭けでしょ。胴元はラヴィさんで、こっちはウハウハの予定。勝てるよね、シル兄ちゃん?」
「終わった今言われてもな。まぁ、負けるつもりはないとだけ言っておく」
中央広場に俺が狩ってきたものを加えると魔物の見本市みたいになった。野菜系に限るが。
「こうしてみるとこの里の周辺の森は多種多様な野菜系魔物がいるんだな」
俺の知る野菜のほとんどを網羅している。
「森は魔物の宝庫だからね。とはいえ、野菜系だとここまで多様にはならないと思うけど……そこのところ、教えてもらえないかな、サイガさん」
「うん? ああ……それについては俺達もよく分からない。里でも野菜育てているところはあるが、たいていは5、6種類に収まっているからな」
「ふぅーん。もし、この事が学者に知られたらたぶん調査のために押し寄せてくると思うから気を付けてね」
「……それは、困るなぁ……頼むから黙っていてくれよ」
やはり閉鎖的な社会に生きているとすべてを暴こうとする人種は好かないか。まぁ、俺もすべてを知ろうとする人はあまり好まない。俺自身が盛大に秘密を抱えているからだろう。
「あ、それはともかく、結果が出たようだね」
数はサイガとヨシズが報告してある。俺の方が僅かに少なかった。だが、ここに加点がある。魔物ごとの難易度だ。それはこの里の狩人が判断することになっていて、今ちょうど終わったようだった。結果を受けて中心に集まっている人たちが騒ぎだしていた。
「シルヴァーの勝ちだ。マメ系のが効いたみたいだ」
ヨシズが騒ぎを抜け出して知らせに来てくれた。俺の勝ちのようだ。
「「うううぅ~ぐすっ……」」
「あ~、お前達も惜しかったな。よく頑張った」
ヨシズの影に隠れて見えていなかったが、小虎達もここまで来ていたようだ。いや、泣き出すことを予測してヨシズが連れてきたのか? ぐずる二人に苦笑してサイガが頭を撫でる。
「おじちゃんは……ひぅっく……」
「虎人だとみとめるよ……ぐすっ」
罪悪感が半端ないな。それと皆の視線が痛い。
「ありがとな、二人とも」
あと、出来れば『おじちゃん』ではなく『お兄さん』と呼んでくれよ……。
そのあと、泣き止んだ二人は俺で遊ぶようになり、嫌われるよりましかとは思ったが素直に喜べない。