ヒコナ帝国3
「さて、何か申し開きはあるか?」
ギルドを辞して簡単に食事を取ってから俺は宿へ戻った。ドアを開けると全員が集まっていて、俺が帰ってきたことに気付くとこちらを振り向く。ゼノン、ロウ、ラヴィさんはカードゲームを続け、ヨシズだけはずかずかと近寄ってきて俺の前で仁王立ちになる。
そして鬼の形相で説明を求めてきた。お前は俺の母親かっ!
「少し遅くなったな。それだけだろ」
好きにしろと言って別れた訳だし、俺が非難される謂れはないよな。
それだけ言ってヨシズの横を通り抜けようとするが……そう簡単にはいかない。
「お前がここまで遅くなるのはまた森の奥にまで行っただろ? 誤魔化せると思うなよ」
「またって言ってもな……」
「ドルメンでゼノンと一緒にやらかしたんだったよな。あそこは森の奥に入り込んでしまってもかなりの数を倒さなくてはならないだけで魔物自体は大したことはなかった。王都の近くのアイネの森は俺が魔物を引き付けることができたから問題とは思わなかった。だがな……」
そこで大きく息を吸って俺を睨み付ける。ああ、これはくるなと身構える。
「今日は何をやらかしたっ! ええ? こっちを向いて言ってみろ?」
そう言われると思わず目を逸らしたくなってしまう。事実、俺はヨシズの方を見れなかった。俺だって自分がやらかしたことは分かっているからな……。
「やましいところがあると言っているも同然だよね。……はい、あがり」
ニヤニヤと嬉しそうに笑うんじゃない、ゼノン。
「でも、何があったのかは知っておきたいのですよ、シル兄さん。……僕もあがりです」
「あ~あ、負けちゃった。良いところまで行ったと思ったのに。さて、シルヴァーさん。私も何があったのか知りたいわ。教えてくれるよね?」
仕方ないか。度肝を抜くを通り越して呆れられそうだが……。
そして、俺は森で起こった諸々を話す。
結果
「なるほどな。やっぱりここの森もおかしくなっていたか」
何か納得した表情でうんうんと頷くヨシズがいた。てっきり怒られるかと思っていたのが空振りに終わりすこし混乱する。
「えっ? え? ……怒らないんだな」
「おやぁ……怒られたい、と? そこまで言うなら怒るのもやぶさかでは……」
「いや、結構だ」
ぐぐぐぐぐ《お前は毎回やらかすな》
組んだ前足にあごを乗せてのんびりしていたアルは俺を笑う。オオカミの笑い声ってこんなだったか? いやそもそも笑うという印象がないのだが……。アルだしなぁ
「笑うことはないだろ、アル。王都ではお前が騒動の種だったんだぞ?」
ぐるるるる《まぁ、それは置いておけ。ところでな、シルヴァー。帝都に行く前にお前の同族の巣があったはずだが、行ってみないか?》
自分のことに言及されそうになるとさらっと逃げるんだな。そっぽ向きやがって。まったく……今回は流されてやるが。
「同族の巣、な……つまり、虎人族の集落があるってことか」
「えっえっシル兄ちゃんの親族が居るの? この近くに?」
そんなに目を輝かせても俺の知り合いはいないからな……?
「アルが言うにはな。だが、俺の親族はいないぞ」
「そうなのか? ええと、亡くなったとか……?」
「まぁな」
違うけどな……。意外とヨシズはズバリと聞いてくるな。そろそろ遠慮なく話せる関係になりたいところだが……あ、もう遠慮してないか。
仁王立ちで鬼の形相になったヨシズを思い出す。実際、遠慮の欠片もないよな、あれ。
「辛いことを思い出させたようだな。スマン」
いや、辛いも何も俺、物心つく前には独りぼっちだったからな。一応親は居ると思うが…俺の体毛が元からこの色だったとしたら…見捨てられたのかもしれないと思っている。というか、虎人族の里に行ったとしても親類が居ないというのは親がどうのこうのじゃなくて俺が本来は獣の虎だからだ。言えるわけがないから勘違いを解きはしなかったが。
「虎人族の里、ねぇ……少し怖いかも。戦闘特化系種族とはあまり会ったことがないのよね。それに、私は兎人族だし……」
「……流石に兎人族だからって取って食われることはないと思いますよ」
シル兄さんと一緒に行動していてそれはないでしょうと呆れるロウ。と言うか二人とも本人が居る前でよくやるよ。
「そうよね! 野生の食物連鎖が私達に当てはまることはないわよね」
流石に理性ある獣人なら見境なしに襲いはしないだろう。同じ『人族』で捕食関係になることはまずない。まぁ、たまに見ていると美味しそうに見えることもあるが、俺は元が獣だからな。例外なのだろう。
「アルのせいで大分話がそれたが、シルヴァーの話のほうに戻っていいか?」
「もちろんです。森がおかしいと言っていたようですが、僕は王都の方はよく分かりません。教えてもらえますか?」
「ああ、ロウは基本的に引きこもっていたから分からないのか。簡単に言うと、王都で気付いた異変はまず、魔獣の異常繁殖だな。それと、移住区域の変化か。ドルメンという町があるだろ。あそこの近くの森に居るはずのない吸血コウモリが確認された」
「吸血コウモリですか? たしか、帝国を中心に分布していたはずですよね。ドルメンはかなり離れています。確かに異常ですね」
「あーっ! それ、俺が言いたかったのに……」
「すみません、ゼノン兄さん」
「いいよいいよ。敢えて付け加えさせてもらうなら、吸血コウモリは『血の気配』が強い場所でかなりの規模の魔力溜まりができて初めて生まれるんだよ。帝国はほら、戦争が多かったから『血の気配』がこびりついていたんだろうね。でも、ドルメンは長い間平和だった。血みどろの戦いもここ100年はなかったよね? どこかから移って来たのならともかく、あそこで発生することはまずないと言えるね。まぁ、あの森もおかしかったからね……ひょっとしたら魔獣同士の戦闘で条件を満たして生まれた可能性もあるけど」
ずいぶんと詳細な『付け加え』だと思う。しかし、それが本当ならドルメンで見つかったことには驚くな。
「一応帝都のギルドに話すか」
明日は朝早くに出るためここのギルドに寄る暇はないからな。本当はギルド間の連絡を使ってもらったほうが早いのだが……いや、帝国にはなかったんだったか? 悪用を防ぐため、だっただろうか。
「シルヴァー、任せたぞ」
「わざわざ俺が行く必要はないと思うが……まぁ、任された。ところで、寝ないか? 大分遅くなってしまったし」
「「「誰のせいだ、誰の」」」
俺のせいだな。一斉にツッコミいれなくてもいいぞ。地味に精神にくるな……。
*******
翌日の朝。ギルドでは緊急連絡がいき、職員全員が集まっていた。その妙な物々しさに冒険者も集まり、ギルド前は朝だというのに人だかりができていた。
「ギルドの諸君! かねてから懸念していた東の森について進展があった」
「ブレードラビット・ミュータントが例年以上に繁殖していることがわかりました。場所は東の森の奥ということですが、巣作りをしていたとのことです。魔獣の生息区域が変化した可能性があります」
ギルドマスターが促して状況を話された内容に冒険者はどよめく。
「「嘘だろ……」」
「……なぁ、そういえば婆さんにラビット種の移動が魔獣の異常繁殖の前触れだと教わったんだが……」
「ミュータントでもラビット種だよな」
「……ヤバイんじゃね」
「ところでギルマス! その情報を持ってきたやつは誰なんだ?」
「クナッススから来た冒険者だよ。もう出てしまったかな?」
「おそらくは。この町は中継として寄ったのでしょうし」
「カーッ、楽はできねぇもんだな」
「特別依頼をだそう。命を捨てない程度に頑張って調べてきてくれ」
もし、魔獣の異常繁殖が見られたら帝都にも知らせねばな。今のうちから警告しておけば最悪は免れるだろう。