ヒコナ帝国1
クナッスス王国から一週間ほど南西に馬車の旅を楽しんだ先にヒコナ帝国がある。この国は今の四大国の一つで、クナッスス王国が福祉において優れているのに対して、ヒコナ帝国は軍事において優れていると言われている。というのも、多数の鉱山を抱えているため、周辺の小国が絶えず狙っているからだ。否応なしに軍事力を強化しなくてはならなかった。四大国のなかで最も『戦争』を経験しているのはこの国だろう。
「それでも、今は平和なもんだよ。戦争はここ十数年起こっていない」
背もたれに体重をあずけつつ上を向いてそう話すヨシズ。だが、一瞬浮かべた表情は非常に険しいものだった。平和だと言っておきながら自分はそれを信じていないような……。なにかあったのだろうか。
「逆にだからこそ危ういという意見もあるけどねー」
そう続けたゼノンは異様に多い武器の調整をしている。初めて見た武器もあった。これだけ見ているとどこの暗殺者かと聞きたくなってくるな。
ところで、危ういとは……。
「どういうことだ? ゼノン」
「ほら、油断したところを思いっきり攻撃するとかあるかもしれないじゃん。この平和も嵐の前の静けさというか……向こうは帝国の油断を待っているとか……」
「だが、周辺の国は本当に小さいのだろう? 国の維持にかかりっきりで戦争を起こすだけの人・モノ・金がないのではないか?」
「南諸国の話をしているの? 噂レベルだけどいくつか話を仕入れているわ」
会話に参加してきたのはラヴィさん。先ほどまで種魔法(無属性魔力で作った球体に属性の魔力を込める魔法。小さい物は攻撃性がない)で遊んでいたが飽きたのだろう。
「聞かせてくれるか」
「いくつかあるのだけど、一つは南諸国に武器が多く流れているという話ね。ちらっとしか聞けなかったから信憑性はないけど。話していたのも普通の人だったし。でも、商人が集まる酒場で面白い話が聞けたわ。食料品を扱っている行商がかなりそちらに向かっているそうよ。それも、帝国からね」
どういうことだ? 帝国と南諸国の仲は険悪なのだろう。敵国が力をつけるようなことは許さないはずだ。たとえ南諸国から援助の要請があったとしても……もしかして、余程のことが南諸国で起こっているのか?
「へぇー不思議だねー」
黙々とナイフを磨いているゼノン。一応聞いていたようだが興味のかけらもなさそうな返答である。かく言う俺も同じ意見ではあるが……
「オレ達に関係してくるとは思えないからなぁ」
「もう! 皆興味ないのね。行商が扱っていたのは食料なのよ? 帝国に着いたら食べるものがなかったりして苦労するかもしれないのよ?」
流石にそこまで食料に困ることはないだろう。それに、俺のアイテムボックスにはまだ在庫があるからな……。
そのとき、馬車の速度が落ちた。どこかの町に着いたのだろう。もうすぐ昼だからタイミングがいいな。午後に依頼を受けられそうだ。
「シル兄さん。中継する予定のメンヒルに着きました」
「おう。じゃあ、ロウは休んでくれ」
普通、冒険者はギルドカードの提示ですぐに町に入れるのだが、俺達の場合は馬車があるので駐車場の確認が必要になるのだ。一応この馬車は俺が所持していることになっているため手続きは俺のギルドカードを使った方が楽なのである。よって、こういうときには必ず俺が御者を務める。
「ギルドカードを提示してくれ。お前の名はシルヴァーか。駐車場の契約は必要か? ……それも済ませておこう。盗難には気をつけるようにな。行って良いぞ……次、どうぞ……」
珍しく仕事が早い門番に当たったようだ。助かるよな。
そんなことを思いつつ指定の駐車場に向かう。規模が大きい町ならこうした場所があるのだが村のように小さい集落にはない。その場合は最低一人は馬車の中に泊まり込むことになる。以外ときついんだよな、あれ。
「さて、今回は誰がやる?」
俺達は駐車場を利用するときは盗難防止に魔法陣を仕掛ける。この作業は普段あまり使わない魔法陣の練習になるためこうして相談して誰がやるか決めている。学院で簡単な物は教えて貰ったが使いこなせているかというと疑問が残る。だからこういう機会に練習するのだ。
魔法陣と言えば大規模魔術や魔道具に使われている様を思い浮かべるかもしれない。だが、学院で教わったのは驚くほど簡単に魔術を使う方法だった。もはやコレは魔術という定義から外れているのではないかと思ったが、便利なのは確かなので疑問を挟むことなく必死に習得した。実はこれは学院長が編み出した方法だったらしい。それも、丁度1年ほど前に。こうした最新のものを学べるのは学院の強みだろう。
ただな……先生方がちらっと話していたことによると、この方法はまだ発表するつもりのないものらしい。その理由は安全性の確認ができていなかったり、確実に発動する陣の種類が少ないからだと話していた。俺達って、実験体扱いされていたのではないだろうか。あの学院の教師陣なら、なぁ……。
さて、意識を戻して
「僕は前回やったので今回はいいです」
「オレは習得中だからパスで」
まずロウとヨシズが権利を放棄した。
「なら、私とシルヴァーさん、ゼノンくんでじゃんけんんね」
「「「じゃんけんっ……」」」
勝ったのはラヴィさんだった。これで俺は何連敗だろうか……せめて1勝はしたいものだ。
*******
「宿も決まったし、今日は好きに動いてくれ」
俺はいつものように雑用依頼でも……と思ったが、この町はめぼしいものは残っていない。残念だ。仕方がないから討伐依頼を受ける。
「近場で済まそうとしたが、居ないものだなぁ……どうしようか」
俺が受けた依頼はブレードラビット討伐。奴らは鋭い刃の耳を振り回して攻撃してくる。二つの刀で襲いかかってくるようなものなので俺のカニ装備とセットで手に入れた二刀を試せる。しかし、普通ならこうやってガサガサ歩いていれば飛び出してきてくれるのだが、何故か今日は1匹も来ない。
仕方がないな
俺の目の前で暗い森が口を開けている。この先は深淵。強力な魔獣が闊歩する危険地帯だ。
「探しても見つからないのだから本当に仕方がないんだ」
誰に言い訳しているのだろうか……自分に対してかもな。
ヨシズやゼノンにばれないように祈っておくか。
森の奥まったところをテリトリーとするモノは普通の魔獣や動物が変異した存在であることが多い。また、どれもが強くなっているため縄張り争いが激しい。
本当に恐ろしい場所なのだ。
だが、そこが楽しいところでもあるんだよな。
キキィキキィ
グルルルル
ギャーッギャーッ
いやあ、楽しいなぁ……楽しすぎるなこの場所は!
【シオマネキ装備 改】に加えてフォーチュンバードから手にいれたアクセサリをいくつか着けているから、以前は苦戦しただろうが今は楽勝だ。殲滅戦というものはスカッとするな。俺は思った以上にストレスを溜め込んでいたらしい。
「見つけたぞ……」
奥まで来て10分くらいか。ようやくブレードラビットを見つけた。耳をブンブンと振り回して樹木を伐採(?)している。あれは巣作りの行動だったか? だとすると、放っておけば向こうから数が来てくれそうだな。待ってみるか。
結果
「大量大量。予想以上に上手くいったな」
何をしたか? 俺は待ち時間に俺は周辺の探索に出た。少し離れたところに<魅惑草>の群生地があった。魅惑草というのは魔力を当てると甘い臭いを発する草だ。これは引き抜いてはいけない。なぜならマンドラゴラの亜種なので、精神崩壊してしまう危険があるからだ。まぁ、甘い匂いにポーッとなってその隙に魔獣に殺られるという意味では抜かずとも危険ではあるが。抜かなければ、魔力を当てなければ問題ない。
しかし、俺は魔力を当ててしまった。
<魅惑草>は見た目は<魔復草>や<傷塞草>と同じなんだ。採取しておこうと判定のために魔力を当てたのだ。だが、無事だ。今まで知らなかったが、あの甘い匂いは魔法の一つだったらしい。メリケンサックをつけておいて本当によかった!
それで、ブレードラビットに何をしたかというと、<魅惑草>を大量に取ってきて巣作りをしている場所に放ったのだ。ほとんどの奴がポーッとなって動かなくなったところを仕留めるだけだった。
刀の鍛練ができなかったのは残念だが、また機会があるだろう。今日はここまでにして、帰るか。
ただなぁ……ブレードラビットって確か原色ピンクだったはずなのだが、俺が仕留めたのはどれも血赤に見える。俺の記憶違いだろうか? それとも……。
ギルドに戻れば分かることか。