フォーチュンバード襲来
元デュクレス帝国があった更地帯を後にして、俺達はクナッスス王国へと進路をとった。ブレインのお陰で周辺の地理が分かったのは幸いだ。それを考えるとデュクレス帝都を復活させてしまったのもそう悪いことではなかったと思えるな。ま、たぶんそんな思考になれるのも面倒事が俺の手を離れてくれたことによるのだろうが。ヘヴンには感謝の気持ちを捧げておこう。
だが、俺は自分の発言をすっかり忘れていた。
『ソレ』が襲ってきたのは最悪なことに、丁度『異常気象』に遭遇していた時だった。『異常気象』というのは魔力溜まりの一つで、そこに飛び込んでしまうと四方八方から氷やら熱風やら雷やらが向かってくる。冒険者からすれば(そうでなくとも)出会いたくない現象だ。しかも俺達の場合、フォーチュンバードも合わせて襲ってくるときた。こうなるとどれだけベテランの冒険者でも厳しい戦いになる。
「まずいな……『異常気象』もおさまらないし、鳥どもも絶えず襲ってきているな。このままじゃ全滅するぞ」
「物騒なこと言わないでよ、シル兄ちゃん!」
フォーチュンバードは狙いを定めた相手と釣り合う強さで襲ってくることは知っているだろうか。例えば一般の人の力(普段から振るえる力)を10とすると、その人に狙いを定めたフォーチュンバードは8~9の力で襲ってくる。しかし、怪我などで普段は10の力を持つ人が5しか力を出せなくてもフォーチュンバードは変わらず8~9の力で襲ってくる。相手に合わせた強さというのはその相手の健康時の戦闘能力が基準になっているのだ。
俺達の状況が悪いのがお分かりいただけただろうか。
グルルッ《この濃度の魔力溜まりならあと1時間ほどでおさまるぞ》
「一時間くらい、か……」
「一時間も持つわけないでしょ! いくら魔法を効率的に放てるようになったからって……枯渇するわよ!」
「僕の方も体力が持たないと思います」
四方八方から襲ってくるフォーチュンバードども。加えて異常気象による火炎、氷、竜巻……逃げようも避けようもないこの地獄。どう乗り切ればいいのか。早く決めないと、本当に全滅してしまうだろう。どうする……。
そこで俺は一つ思い付いた。
……そうだ。『異常気象』とは言え、『天候』の一つであるのは間違いない。ひょっとしたら俺の天候魔法が通じるかもしれない。もし通じればこの局面を脱することができる。ただ、ネックなのがそのタイミングか。今、俺達を囲む『異常気象』はくるくると変化している。俺の目の前も猛吹雪になったと思えば、異様な熱気が吹き付けてきたり、一つの『気象』に止まることがない。
「やるだけやってみるか。ゼノン! 天候魔法を使うから援護を頼む。フォーチュンバードを押さえていてくれ」
「了解!」
一番厄介な『気象』からやるか。それは竜巻だ。あれは他の気象と混ざる上にカマイタチまで飛ばしてくる。しかも、風だから避けるのが大変だ。
ということで、竜巻の反対というと……【ノー・ウィンド】でいけるか? 考えている時間がもったいないな。思い付いたら即実行で行こう。
「【ノー・ウィンド】!!」
俺の目の前に竜巻が現れたところで発動する。すると、驚くほど見事に嵌まったようだ。痛いほど強く吹いていた風はピタリと止み、もちろんカマイタチも飛んでこない。成功だ。しかも、さらに嬉しいことに相乗してひどく強力になっていた炎の竜巻だとか、吹雪も止んだ。
「ナイス兄ちゃん!」
「さすがシル兄さんです! フォーチュンバードの軌道も分かりやすくなりましたし、僕も参戦します」
「うふふふ……ここから飛ばしますよ。八つ当たりの的になってくださいねっ」
グルルルゥ《我も本気で行くぞ》
一番厄介な風を何とかしたところ、他のメンバーが嬉々としてフォーチュンバードの殲滅に移っていた。調子のいいことだ、と呆れる。だが、実際にやり易くなっているのだから彼等のはしゃぎっぷりには何も言うことはない。俺も参戦する。
風がなくなるだけでとっても楽だ。フォーチュンバードが現れるのも分かるし、向かい風もないからペースを崩されにくく、攻撃が当たりやすくなった。いい傾向だ。
ほどなくして(一時間ほど経って)『異常気象』も収まり、フォーチュンバードの襲撃も一段落した。周りを見回せば至るところにフォーチュンバード襲来の跡がある。
「ザックザクだな……」
「ザクザクだね……」
「丸々残っているのが10もあるわ。換金しても美味しいし、料理にしても……腕がなるわね」
「貴金属に変わっているものもいますよ。原石ですけど、これはサファイアでしょうか。ダイヤモンドまであります」
グルルゥ《魔力を含んだ石もあるようだ》
「魔力を含んだ石? どれなんだ?」
魔石か? だが、宝箱の中は見たところごろごろした石や岩ばかりで分からない。魔力を探ろうにも先程までの『異常気象』の名残の魔力のせいでよく分からない。アルは一体どんな嗅覚をしているんだ?
だが、ゼノンはどれを指してのことか分かったようだ。
「これ、だろうね。正直に言うと、鉱石とかはあまり詳しくないけど、これは分かる。ミスリルだよ」
「そうですね。ああっ! これはアダマンタイトですよっ! そんなに量は無いようですが、それでも短剣1本分はありますね……どれだけの価値になるか分かりません」
フォーチュンバードから伝説の素材が出てくるとはな……。アダマンタイトとか、加工できる者が限られてくる。とはいえ、売却するのももったいない。当分はアイテムボックスの肥やしか。
「シルヴァーさん。見て……武具や魔具もいくつかあるわ。それと、こちらは魔剣のようよ。片刃だから、ロウ向けの物よね」
フォーチュンバードを倒したあとの宝箱はラヴィさんが開けたそれが最後だった。今から内訳を見て分配しようと思う。まぁ、それぞれ欲しいものが定まっているからそこまで苦労することはないだろう。
「では、まずはそれぞれが欲しいものを持っていこう。ここにあるものは公的な価値は様々だが、誰が何を持っていこうとも文句は言わない。皆で頑張って得たものだからな。ただ、二人以上欲しいものが被ったときは話し合いで決めてくれ」
一つずつ俺達は欲しいものを取っていった。俺はまず3つ、メリケンサック(ミスリル製)にバックル、ブレスレット(謎の金属製)だった。ミスリルは魔法反射及び使用魔力軽減の特性を持つらしい。俺は基本的に前に出て戦うため至近距離からの魔法というものに弱い。それをカバーすることを考えて選んだ。バックルは着けているだけでスピードが上がるという。眉唾物だが、面白いので貰うことにした。ブレスレットも面白いという理由からだ。ただ、こちらは攻撃力にプラスの効果があるのだったか。
「シル兄ちゃんも意外と考えていたんだね」
「ずいぶんと失礼な物言いをしてくれるな、ゼノン。そんなに俺は何も考えていないように見えるのか?」
「いやぁ……あはは……って、痛い痛い! 頭割れるよ!」
「じゃれるのもそこまでにしてね。問題は最後の一つ、この……カニ装備一式なんだけど」
「「俺はいらん(要らないよ)」」
「僕も要りません。効果は良いと思いますが、何分見た目が……」
「そうなのよねぇ」
俺達は最後まで残った問題装備を前に考え込む。ラヴィさんが言ったがそれの見た目はまさしく『カニ』だ。特にヘルメット? が良い味を出していると思う。調べたところでは、素材は謎だが、オリハルコンも真っ青な防御力があった。何だろうな、新手の嫌がらせか? 絶対に使いたくない見た目なのだが、使わないとするにはその能力がもったいなさ過ぎる。
「やっぱり、良い物はリーダーが持つべきだよね」
冗談じゃない。ぎょっとして反論するが、押し切られた。今、カニ装備は俺のアイテムボックスの中に鎮座している。俺は途方に暮れた。面白いと笑っていられたのも俺がこれを引き取るまでの話だった。
「ちゃんと使ってよ。アイテムボックスの肥やしにしないで」
あのな、ゼノン……こんなもの、誰が使いたいと思う?