閑話 ディオールの異名譚1
やっと僕の番だ。ここまでジェルメーヌ、バルディック、ヴェトロと話してきたけど、僕はその3人とは違うよ。僕は後世に称えられるだけの活躍をしたと思っている。
僕とカルティエはいくつか二つ名を付けられていた。でも、英雄とされるほどの活躍をしたのは最後の二つ名の時だ。あれは僕だけの力じゃなかったけど、それでも後世に伝えられるべき偉業だったと自負している。急かさないでくれ、ちゃんと話すから。
で、やっぱり生まれから話す方がいいんだよね?
――僕は物心ついたときにはすでに孤児だった
いわゆる戦争孤児というやつだね。僕が生きていた国はちょうど戦乱の時期だったみたいで、内乱が起こったと思えば他国が侵略してきて、それを退けても戦功をもらった貴族たちの無茶な要求が民衆の怒りに火を着けてクーデター。とにかく、争いが絶えなかったようだ。そんな御時世だったから僕や妹のような孤児は非常に多くて、国や教会が運営するような孤児院だけじゃ足りなくて。しかも、国から支払われている補助金の横領も当たり前だったみたいだよ。当然、その被害は僕と妹にも降りかかった。
「火事だ――!」
「っ、てぃあ、にげるよ」
「おにぃ……」
「ここにいても、どうせたすけてもらえないよ。さあ、いこう」
僕達が暮らしていた孤児院はあとから調べたところ、そんなに腐った運営をしている訳ではなかったよ。あの当時で考えれば真っ当に見えるほどだった。でも、運が悪かったんだろうね。裏で繋がっていたオエライサンの失脚と合わせて逆恨みした奴が火をかけてしまった。僕は妹をつれて必死で逃げたよ。でも、体力のない幼児だ。僕にとってはかなり離れたところまで逃げたつもりだったけど、たぶんそんなに距離を稼げた訳じゃなかったと思う。まだ火の手が見える場所で二人とも力尽きてしまったんだ。でも、通りすがりの馬車の主人が僕達を拾ってくれた。
「お館様! 何も外へ出ずとも……」
「……流石の儂も目の前に倒れている年端もいかない子供を見捨てる気にはならなかったようじゃ。それに、こういうことは最初が肝心じゃからの。ほれ、坊主にお嬢ちゃん、儂のところへ来るかい?」
「いかして、くれるのか」
「お前さん次第かの」
「てぃあにてをだすな」
「それを交換条件としようかの。では、おいで」
「……お館様……」
僕を拾ってくれた爺さんは見た目無害な好好爺だったよ。でも、出会い頭に倒れている幼児相手に【契約】を持ちかけるようなぶっ飛んでる人でもあった。僕はカルティエを守るという意識に突き動かされていただけだったから爺さんが差し出した手を簡単に握ってしまったんだ。あのときもっと考えてから爺さんの手を取っておけば余計な苦労をしなくて済んだんだけどねぇ……。僕の最初の失敗だよ。
「……宰相閣下、次代はどなたか決まっているのですか?」
「……それが、わざわざ儂の屋敷まで来て言うこととはのぅ。嘆かわしい。そもそも、次期宰相を決めるのは国王陛下じゃ。儂のところに来ても徒労に終わるだけと何故分からぬのか。先程の言葉は聞かなかったことにしてやろう。お主は早く帰ることじゃな」
「お戯れを。陛下が宰相閣下の言葉を重んじているのは火を見るより明らか。たった一言、私の背を押してくだされば良いのですぞ」
「……ふぅ。お主で5人目じゃ。話にならぬ」
「は? 今のは、どう言うことで……こら、離せ!」
「ダンカン侯爵様、お引き取りください。お館様の言葉ですぞ」
「離せ! 護衛風情が……! 宰相閣下! お待ちを!」
「……のぅ、ディオールよ、覗きは感心せんのぅ。いっそ堂々と見ておれば良い。そうじゃな、今度からはお前を供につけておこうかの」
「っ、爺さん! なぜここに!?」
「ふぉっふぉっ、おかしいことを言う。儂の屋敷じゃ、隠し通路くらい把握しておるわ」
「マジかよ……じゃあ、いままでバレバレだったってことか?」
「そうだの。もっとも、先程の客人は気付けなかったようだがのぅ。というかディオールよ、論点をずらすでないぞ。今度からお前もあの部屋に詰めておれ」
「え~! やだよ。僕、裏にいる方が性に合っているんだよ」
「……四の五抜かさず言う通りにせい」
「へいへい」
爺さんに拾われて5年後くらいだったかな。僕は爺さんの屋敷を探検するようになった。もちろん普通の通路よりも、隠し通路や隠し部屋へ行く方が多かったね。まぁ、どうやら元から僕にはそちら方面の才能があったみたいだから当然の帰路と言えばそうなんだけどね?
でも……爺さんにはバレていたんだよねぇ。
仕方がないから爺さんの言う通りにしてやったよ。あれ以降、僕は爺さんの補佐として仕事をするようになった。まだ10歳にもなっていなかったのにね。少しばかり大人びているからって宰相がやるような書類を回さなくてもいいじゃないか。本当に人遣いが荒いの何のって。
「ディオール、この書類を見ておいてくれ」
「へいへい……って、これ税務局の書類じゃないの? 何で宰相閣下のトコに来てるのさ」
「知らん。恐らく、税務局はもうまともな仕事をしておらんのじゃろう。気を効かせた陛下がこちらに紛れ込ませたのだと思うぞ」
「大丈夫かよ、この国。爺さん、悪いが万が一の事があったら僕はとっととズラかるからね」
「なんじゃ、まだ荷造りもしておらなかったのか。この御時世、逃げる準備は常日頃からしておくものぞ」
「……あっそ。宣言して損した」
あの頃はもう弱冠9歳にして宰相に回ってくるような書類を片付けることができるほどの知識が身についていた。……身に付けざるを得なかったとも言うね。それに加えて剣術、魔法、魔術、スペルの勉強もやっていたんだよねぇ。どこの帝王学を学ばされているのかと思ったよ。でも、貴族の生態を知るのはいざ追い落とそうとする時にとても役に立つから大人しく勉強していたよ。ただ……ティアも色々学ぶようになって、僕達の状況を知ると剣術にのめり込むようになっていったんだよね。それを止めずにいたから……まぁ、あの国の状態を考えれば女性も護身出来なきゃ生きていけなかったから当然の流れではあったのだけど……恐妹が誕生してしまったことが悔やまれる、かな。可愛いのは変わらないけど、それに怖さがプラスされていろいろと勝てなくなっちゃったんだよね。
そんな感じで僕達は爺さんの元で成長したんだ。僕とティアが共に17になったとき、僕は正式に次期宰相と発表された。ティアは宰相補佐に任命された。当然、貴族からは囂囂たる非難を浴びせ掛けられたよ。僕に拒否権はなく、実に理不尽だった。
「ディオール、この書類を見ておいてくれ」
「……なぜ軍部の書類がここにあるの? うわぁ、これ、かなり横領されているんじゃ……」
「知らん。かえすがえすもこの国は狂っているからのぅ。軍部もまともな奴がおらぬのじゃろう。横領されている分はどこかで徴収するから問題はないと思うがの」
「大丈夫かよ、この国。まぁ、夜逃げセットは出来てるからいいけどさ。あれ、この会話何か既視感があるな……」
「数年前の儂の屋敷での会話と同じじゃな。あのときは税務局だったがの」
「ああ、そうか。言われてみれば……それにしても、孤児だった僕が次期宰相として王都で仕事しているとはね。不思議なものだよ」
「ふん。儂が拾ってやったからだろうに」
「いやいや、そのあと苦労して知識を蓄えたのは僕の功績でしょ?」
「はてさて、どうじゃろうなぁ?」
「……お館様。ペリド伯爵がいらっしゃっておりますが。いかがなさいますか?」
「ふむ。ここへ通せ」
「ペリド伯爵? 穏健派の一人だったっけ。何で爺さんのとこに来たんだろう。爺さんは中立派トップだったよね?」
「勉強不足じゃな。あやつは儂の妹の義兄の息子の次男坊じゃ。遠縁と言えなくもない存在よ。王都を離れる際には出来るだけ報告に来るように言っておいたからそれで来たのじゃろう。……ほれ、お前もさっさと言葉遣いを取り繕え」
「ったく、面倒だなぁ。……では、宰相補佐モードでいきますね」
「……お前の切り替えの早さは中々のものじゃの」
「宰相閣下の教育の成果ですよ?」
「生意気さは矯正出来んかったか。残念じゃ」
「けっ、言ってろ」
コンコンコン 「失礼します。ペリド伯爵をお連れいたしました」
「入れ。久しいの、アドウィン。そう言えばちゃんと紹介はしておらなかったかの、これはディオールという。次期宰相とは知っておるか」
「お久し振りです、宰相閣下。ディオールくんだったかね、閣下のことは頼んだよ」
「はい。宰相様には大恩がありますから」
「そうか。あとの憂いなく行くことができそうだね」
「アドウィン。その言い方は……まさか、この国と出るとは言わぬよな?」
「ははっ、閣下には敵いませんな。……正直に申しますと汚職だらけで城の収支の辻褄合わせが出来なくなりましてな。ここ数年は軍部も腐り落ち、余計に難しくなっているのです。あの脳筋どもは後のことを考えずに横領しているので……いくら私でも無理ですな」
「ふむ。横領された分はどこかで奴等から徴収するつもりではあるがの、それでも無理そうなのか?」
「一時はしのげても年を重ねるにつれ崩れていくでしょうな。妻子共々この国には呆れました」
「仕方あるまい。どのみちこうなる運命だったのじゃろう。では、達者でな」
「はい。宰相閣下におきましても、早目に見切りをつけた方がよろしいかと。それに、優秀な次期殿を腐らせるのも勿体ないことです」
「そうじゃな。しかし、儂はこの国を離れることは出来まいよ。老い先短い身じゃ。国と共に滅びようぞ」
「閣下……失礼いたしました」
爺さんは僕の思った以上に愛国心溢れる人だったみたい。建国の一族の出だから国が滅びるならばここまで率いてきた己も滅びるべきだと言い張っていたよ。それに気付いたのか、去り行くペリド伯爵は国に見切りをつけろと言った言葉を謝っていた。
ところで、この頃は僕もティアも主に双剣を使うようになっていた。宰相の関係者だと広く知られていたから実験台には事欠かなかったからどんどん実力が上がっていったね。裏では【最凶の双剣ディオールとカルティエ】って二つ名を付けられていたみたい。
「お兄様! 私と対戦してくださいませ!」
「うん、いいよ。でも、あそこにいる間諜を潰してからにしようか?」
「ああ、あれですか。私達の遊び相手にしてもよろしいのですか?」
「うん。許可は取ってあるよ。たいした情報を持っていない端っこだろうから遊び倒していいってさ」
「まぁ……それは良いですわね。うふっ、うふふ……どう料理しようかしら?」
「この前の髪の毛は微妙に失敗だったから今日は爪にしようか?」
「一枚一枚剥がすのですね! でも、それだと剣の鍛練にはなりませんわね」
「おいかけっこしてからにする?」
「付かず離れず追いかけて少しずつ切り刻んでいきますの? 手加減の面で見てもそれがよさそうですわね」
妹との遊びは必ずと言っていいほど物騒なものになっていた。あれでも一応お嬢様教育他礼儀作法は完璧な子なんだけどね。如何せんもとの素質が暗殺系にあったからか、まぁ恐い子に育っていたよ。
「ヒィッヒィィイイ!」
「待ってくださいな。私と楽しく遊びましょ?」
「僕達と遊びたくて覗いていたんだよね? それに、僕の妹の誘いをまさか断らないよねぇ?」
「ヒィッ、お、お許しください! 私はあなた方と遊ぶために見ていたわけでは……ひっ」
「じゃあ森のお茶でもどうかしら? すぐに用意できるわ」
「……じゃあ、1名様ご招待~」
「ひぇっ……げっ、まず……うう……」
「あ~あ、おいかけっこも終わりですのね。では、お茶会できるように準備しておきますわ」
「うん。……ふぅ……一撃で昏倒してくれてよかったよ。それにしても、この人意外と手練れ? 森のお茶も効くかなぁ」
「お兄様。この人、一向に目覚めないわね」
「薬を嗅がせた訳じゃないからね。目覚める時間は人それぞれだよ。でも、ちょっと寝坊助さんだよね。刺激を与えて起こしてあげる?」
「お兄様、ここによく磨かれたナイフがありますの」
「いいね」
「……この、餓鬼どもが……どこでそんな物騒なことを習ってくるんだ」
「「おはよう」」
「おう、おはよう。坊っちゃんのはいい一撃だったぞ。……はぁ、しゃあない、何でも聞けばいい。ただ、俺を殺してくれるなよ?」
「人が変わったみたいですわね? どちらが素ですの?」
「こっちだよ、嬢ちゃん。あれは一般的とされる従者ってやつの話し方だ。悲鳴もな。甘く見てくれるかと思えばむしろ嬉々として攻撃しやがって。失敗失敗」
「従者が木の上から屋敷を見張るわけないじゃないか。考えなしだねぇ。えっと、それが素ならお前は傭兵か何かなんだよね?」
「何で断定できんのか分からねぇが、確かに俺は傭兵だな」
「誰に雇われて来たのかしら? 仲間は何人いるの?」
「残念ながら、俺の矜持に懸けてそれは言えねぇなぁ。だがまぁ、この国の宰相と敵対するモンじゃねえよ」
「そうか。お前が起きないから冷めてしまったが、お茶でもどうだ」
「おう、それはありがてぇ……って、こりゃあモリノヒメじゃねぇか? これだけ色が出てるってこたぁ、自白剤として使おうってのか? まったく、末恐ろしい餓鬼どもだぜ。油断も隙もねぇ」
「森のお茶を知ってるなら、やっぱりあなたは裏に生きる方なのですね」
「そうだよね。モリノヒメって一般的には睡眠薬として知られているからね。量次第で自白剤になるってことは裏の人しか知らないよ」
「だろうなぁ。……坊っちゃんも嬢ちゃんも愉しい空気をまとっていて面白かったぜ。じゃあな、もう二度と会わないことを願ってるよ」
「「しまった!」」
爺さんの屋敷には非公式の客人はかなり多かったんだけど、その中で唯一逃してしまった傭兵が一人いたんだ。敵ではないっていうことは間違いないと思ったけど、僕達にしては情報をほとんど取れずに逃がしてしまったんだよね。あいつ、転移陣を仕込んでいたんだ。保険だったのだと思うけど、してやられたね。僕とティアは悔しくてより鍛練と勉強をするようになった。
でもね……あの男さぁ、二度と会いたくないって言っていたけど、それってフラグってやつだよね。ふふっ……実はそんなに時間が経たないうちに再会、しちゃうんだよね。




