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虎は旅する  作者: しまもよう
クナッスス王国編
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閑話 ヴェトロの守護するもの1

寡黙キャラが長文をしゃべるので不思議な気分です。


 次は我の番か。あらかじめ言っておくが、我もまた英雄と言えることはやっておらぬ。祭り上げられてもいない……はずだ。


 ――我が生まれたのは、魔の森と人が住める土地を区切る大障壁の麓の集落だった


 その集落は、隠れ潜むようにして存在していた。一番近い大国と言えば公国だったらしいが、そこから来る人は滅多にいなかった。10年に1度くらいは迷うなりなんなりしてやって来た人もいたそうだが。

 我の両親はその10年に1度の例で、公国からやって来たと聞いたことがある。冒険者をしていたが道に迷い続けた果てに我の集落にたどり着いたそうだ。集落の者は善良な者が多くて、ぼろぼろだった両親を見つけて丁寧に看病してくれたらしい。我の両親はその恩に報いるために集落の住人の一人となった。我が生まれたのはそれから3年後だそうだ。



「母上。リュウのところへ行ってくる」


「リュウくんのところ? ええ、分かったわ。日が落ちる前には戻ってくるのよ」


「もちろん」


 集落は谷の中にあったから子供の遊びも危険なものになりがちだった。だから普通は10歳未満の子供は外に出さずにいるものだったのだが、幸い隣の家の子供が我と同じ年齢で、その父親は一流の猟師だったから時々狩に連れていってくれることがあった。その人についていって狩を見るのがあの頃の我の『遊び』だった。


「ヴェトロ~! 遅いぞ。父ちゃんがな、今日はイノシシを狙おうって言ってたんだ! 今日はいいもんが見れるぞ~!」


「おい、リュウ。必ずイノシシが出てくるとは限らねぇんだ。あまり期待するなよ」


「父ちゃんなら出来る! ……あれ? なんか違うな……あ、父ちゃんの言う通りにイノシシも出てくる!」


「ははは。そうだといいな。……今日はリュウの落ち着きがないなぁ。ヴェトロ、しっかりこいつの手綱を握っておいてくれよ?」


「ええと、はい。今日もよろしくお願いします」


「おう。出来るだけ目立つな、落ちるな、だ。二人ともちゃんと約束できるな?」


「「もちろん!」」


 集落のある谷の外はまた谷になっている。この地域は山と谷が続いているのだ。それで、イノシシ狩りだが、まず谷の底に追い込む。それは、谷の底に予め罠が張ってあるからだ。つぎに、その罠に嵌める、もしくは崖下に追いやる。最後に止めを指す。こんな流れになる。谷を知り抜いているリュウの父親は今日もあっさりと獲物を見つけ、追いかけている。俺達もその様子を見ながら木から木へと飛び移って追いかけた。これが、割と良い鍛練になる。我がどんな足場でも余裕でいられるのはこの幼少時の経験によるものだろうな。


「……キタキタキター!」


「しっ、リュウ黙れ。親父さんがいないんだから俺達は全力で隠れてないと……」


「わかってるよ。よし! 今日も父ちゃんの勇姿を眺めるぞ!」


 子供の頃はこんな風に狩りをする大人のあとを許される限りついていって狩の手順を知ったり、安全な方の谷でおいかけっこをするなどして体を作ったりしていた。我が生まれ育ったところは、こうやって次代を育てていた。

 数年後には俺達は二人だけで集落の外へ出ることができるようになっていた。我と同じ年齢なのはリュウしかいなかったために基本的に二人での行動であった。この頃になると得意武器もはっきりして、リュウは弓系の武器、我は刀剣を主に使うようになっていた。どちらも得意なのがリュウの父親で、二人とも稽古をつけてもらったな。


「ヴェトロ、今日はゴートを狙うぞ。昨日、ハノイのおっちゃんが群を見かけたらしい。運が良ければまだいるだろうからな」


「……ハノイおじさんがいて『見かけた』止まりなのか? 珍しい」


「やけに逃げ足の早いゴートだったらしいからな。でも、俺とヴェトロのタッグなら追い付けるはずだ。……いた。じゃあ、いつものように俺が後ろから援護するから、ヴェトロは近接を頼んだ」


「……了解」


 こうやって狩った獲物は半分くらいを我とリュウの取り分にして、もう半分は集落の皆のものとする。集落では基本的に朝と夜の食事は皆で作り、皆で食べていたからな。


 そんな生活を経てまた数年後のことだ。成人の日を迎えてから、我とリュウは(おさ)の家に呼ばれた。長は、この集落の役割を話してくれた。


「ヴェトロ、リュウ。お前達は今日、無事に成人になった。よって、この集落の秘密を教えようと思う。ちと、ついて参れ」


「えっ!? おいおい……崖を登るのかよ」


「……」


「うん? 何て言った、ヴェトロ。今さらだがお前さぁ、何でこんな無口になったんだ?」


「……相棒がよく喋るからな」


「俺のせいか!?」


「おい、餓鬼ども! 早く来んかい!」


「「スミマセン」」


 すぐさま無駄話を終えて長に追い付く。長はもう70と言っていたのによく体が動くものだ。あの時も俺達が追い付いてくるのを見たらペースを上げていたとんでもない御仁であった。長が目指していたのはこの辺りで一番高い山の頂上だった。


「やっと着いたか……ヴェトロ、リュウ、巨大な壁があるのが見えるか? あれはな、強い魔物が住む魔の森と普通の森を隔てているありがたい壁なんだ。あれのおかげで強い魔物や猛毒の植物がこちらに来ないようになっている。だがな、どれだけ昔のことだったかは知らないが、1ヶ所だけ綻びが出来てしまった。それを我々の祖先が見つけて、ここに住居を構えつつあの穴から出てくる魔物を倒すようになった。成人した以上、お前達もあそこから出てくる魔物を討伐する義務がある。この周辺の集落の持ち回りであそこの近くの砦に数人ずつ派遣するのだが、今度からお前達にも行って貰わねばならない。覚悟を決めておいて欲しい。

 ここに来させたのはもうひとつ理由がある。この頂上から見下ろして、どう思った?」


「俺達の行動範囲は狭かったんだなぁと思った」


「……世界は広いもんだなと」


「そうだ。世界は広い。明日からお前達もそれを実感するだろう。我々の生活を脅かす魔物は『向こうの魔物』だけではない。大障壁とは反対の方向も、お前たちの見たことのない魔物が潜んでおる。冒険を楽しめ。それを言いたかったのだ。これからの活躍を期待しているぞ?」


「「はい!」」


 あの辺りの集落に生まれた子供は成人して大障壁の綻びのことをを知らされるとどうしても集落を飛び出すことは出来なくなる。だから長が案内してくれたあの場所は子供には知らされず、成人してから行くことを許される。あの頂上からの景色は、集落に縛り付ける対価だった。


 まぁ、世界の広さを感じてかえって飛び出したくなるやつもいるそうだが、我とリュウは違った。もうすでに集落の者達は我らの守護するべき対象となっていたから、彼等を放って飛び出していく気はなかった。


「ところで、ヴェトロはいつうちに来てくれるんだ?」


「なっ……何を、こんなところで……!」


「こんなとこだからだよ。お前、俺の妹のカンナが好きだろ? 下で話したらたぶんすぐに婚約の状況が整っちまうからな。取りあえず、お前の覚悟のほどを知りたくてさ」


「……カンナのことは好きだ。ずっと共にいたいと思う。くそっ、何でリュウに話さなくてはならないんだよ」


「だって俺はカンナの兄だぞ? 例えヴェトロでもカンナを不幸にされちゃ困るからな。本当にあいつを幸せにできるか、共にいる覚悟を決めているか俺が確認しなきゃ」


「……お前はどうなんだ」


「俺? ちょっと離れた集落の長の娘のミウって子を口説いているとこだよ。上手くいけば、俺はこの集落を出ることになるな。まぁ、砦へ詰める際にお前と会うことはできるからな。寂しかぁないが」


 我等が成人した日から3年たった頃のことだ。この頃になるともう大人としても仕事にも慣れて、我等の周りに結婚の二文字が囁かれるようになった。集落では我等の下に6人いたのだが、カンナはその一人だ。彼女はリュウの妹で、あのやり取りをしたときは成人する年だった。しかし、他の集落ではもっといい年の女子がいたから、我にもリュウにも縁談の話が多くて辟易していた。そんなとき逃げ場所として長から教えてもらったあの頂上へ行っていた。


「でも、いい加減に決めなきゃならん。実はこの前、ミウからいい返事がもらえたんだ。今、俺の家では俺がミウに婿入りする方向で検討しているところなんだ。出来れば俺が行く前にヴェトロにはカンナのところに来て欲しいんだ」


「……そうだな。あの子は寂しがり屋だからな。お前がいなくなると弱ってしまいそうだ」


「頼めるか?」


「……ああ。もちろんだ」


 その宣言の通り、浅からぬ仲だった我とカンナ、リュウとミウはその年の秋に結婚することが決まった。もちろん、順番は我が最初だった。この辺りでは結婚は男の方が婿に行くことが多かったからちょっと離れた集落になるリュウは我より時間を必要としていたからだ。


「ヴェトロ。おめでとう。立派に育って……私の自慢の息子だわ。カンナちゃんも、うちの子をよろしくね。この子はきっと何があってもあなたのもとへ帰ってくる子だからね」


「むしろこっちの方が言いたいわ。ヴェトロくん、うちのカンナをよろしくね。寂しがり屋だから重く感じるかもしれないけど」


「……母上、義母上。もちろん、一介の男ですからちゃんとカンナと幸せになりますよ」


「ううっ……ヴェトロもいい男になったものだ。父さんは嬉しいぞ」


「本当になぁ。ヴェトロならうちの娘を託せる。俺にそう思わせるほどよく強くなったもんだ」


「ヴェトロ。俺の妹を頼んだぞ! 幸せになれよ」


「当然」「もう、お兄様ったら……」


 式はつつがなく進んでいった。挨拶を終えて酒も入った頃、我とカンナは宴を抜け出した。我はカンナを横抱きにして移動する。行き先は新しく作ってもらった住居だ。それはリュウの実家の続きになるように造られていた。渡り廊下で繋がっていたのだ。


「ついたぞ、カンナ。なかなかいい家だな」


「デザインはお兄様と私で決めたの。内装は一室だけ私の趣味で埋まっちゃったのだけど……」


「カンナの趣味というと……あのひらひらしたやつか。まぁいいんじゃないか? 女の子だったら喜んでくれるだろうしな」


「まぁ、ヴェトロさま……私、かわいい女の子を産みますわ!」


「っ、カンナ……所構わず言わないでくれよ?」


「え? あっ、ごめんなさぃ」


「……いや、謝ることはない」


「ふふっ、お兄様はヴェトロさまが無愛想になったとおっしゃっていましたが、本質は昔と変わりませんのね」


「……そうなのか?」


「そうなのですよ」


「……そうだ。ええと、カンナ。俺はずっとお前を、そしてお前との子供を守ろう。だから安心して過ごしてくれ。そして、俺のもとで幸せでいてくれ」


「ええ! ヴェトロさまと結婚できただけでカンナはもう充分幸せでございます。ヴェトロさまこそ、最期まで私とともに……叶わないかもしれないけれど……それが私の幸せに繋がりますわ」


「ああ、ずっと、共にいよう……カンナ」


 昔から好意を抱いていたカンナと結婚できたのが我が18のときだったか。その翌年の夏にはリュウも結婚し、ミウという子が住む集落に婿入りした。長年共に過ごしていた相棒がいなくなると普段の生活でも狩をしているときでもどこか物足りなく感じる。だがそれは寂しいとは少し違っていたように思う。


 視界を彩る景色は確かに変わっていた




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