閑話 冒険者バルディックの起点3
「よくぞ集まってくれた、冒険者諸君。まず、1つ宣誓して欲しいことがある。この場で話したことを他言しないことだ! 出来ないというものはこの場を去ってくれて構わない。
……【誓約】は成された! それでは、此度の戦争について話したいと思う。
まず、我が国が相手するのはコルト軍国だ。南西へ2日ほどいった平野で戦端を開くことになるだろう。兵力は向こうもこちらも同じくらいだ。だが、腐ってもあちらは長年対人兵器を作ってきた国だ。魔物との戦闘で培ってきた技術がどう生かされるかは分からない。しかし、軍国との戦争は5年前から予想されてきたことだ! 我が国は十分な時間をかけて軍を形作ってきた! 負けはない!
……今回は後続の憂いを晴らすために、諸君には私の弟たち、第四皇子ハミルトン、第五皇子のバルディックのサポートについて、別動隊として動いてもらいたい」
「おーい! 陛下! 第四皇子と第五皇子なんて、まだ子供じゃないか! 今回の戦争は負けない自信があるんだろう! 子供まで動員する必要ないだろうが!」
「……気持ちは分かるがな」
「気持ちは分かりますが」
「ん? ハーンにディーク。お前達も参加してたのか。どうした? って、待て待て! 国王陛下の演説台に乗っちゃ不味いだろ!」
「「いいんだよ」」
「は? おい、ちょっと……」
「ハミルトン、バルディック。お前たちから説明してやれ」
「「「……え?」」」
「騙したようで申し訳ない。俺は第四皇子のハミルトンだ」
「黙っていて済まなかった。第五皇子のバルディックだ」
「「「って、えええええ!!」」」
実に、阿鼻叫喚の騒ぎだったな。でもまぁ、王都ギルドのメンバーはどこか納得した風だったんだが。一旦騒ぎが収まるのを待ってから俺達は今回の戦争の背景、その中でやることを説明した。
「よりによって狂華かよ……しかも紅だってさ……」
「まったく、どこの誰だよ、魔の森から掘り返して持ってくるなんて。こうならないために俺達はわざわざあのくそ危険な魔の森に行って狂華系の植物を焼き払ってきたんだがなぁ」
「1つ残らず、根っこまで、燃やしたのに、ねぇ」
どうやら一部の人は狂華のことを知っていたようだった。言葉の内容からして公国の依頼を受けて魔の森まで行ったんだろう。確か、3年くらい前にそんな依頼があったと思う。その依頼を受けたパーティの人は苦々しく言葉を垂れていた。
「よし! そんなことがあったんなら俺達は全力でサポートするぜ!」
「狂華はねぇ、私の大切な友を奪ったんだよ。危険度は誰よりも知っている。根絶やしにしなきゃねぇ」
「狂華自体はあまり知らないが、話を聞くにかなり危険な植物なんだろ? こっちに被害が来ない内に滅ぼしてやるさ」
Aランクパーティーの『夜明け』『ジーニアス』『総合格闘技』『ブラッドロード』……他にも数多くの冒険者が参加を示してくれた。上から見ていて、ふと目が合ったガロンも苦笑いで頬を掻いて「俺もやるぞ!」と声を上げてくれていた。
「ありがとう、ございます!!」
「なぁに、俺達の弟の珍しいお願いだ! 兄としては叶えてやる以外にないだろ!」
「ハーンもディークもおねーさん達に何でも相談してって言ったのに来てくれないんだもの。君のお願いは必ず叶えるわよー!」
「「軍国の人達に救いを届けてやろうぜ!!」」
「……ははっ、何だよ……皆、俺の悩み知っていたみたいじゃねぇか」
『兄貴達』と『姉貴達』はまるで俺が『罪のない人達を殺すこと』を怖がっていたと知っていたように、今回のことについて踏ん切りがつかないままだった俺の心を軽くしてくれた。本当に、いい兄貴、姉貴を持ったものだよ。らしくないと思いつつ思わず泣きそうになった。
その日の夜、シグザーウェルが担ぎ込まれた。
背中を斬られ、脚には何本か矢が刺さっていたようだ。血塗れの様相で城へ駆けてきて、門の前で力尽きていたのを番兵が確認し、医務室へ運ばれた。彼の愛馬もいくつもの矢の跡があり、まもなく死んでしまった。ベティーナ姉さんはベッドに横たわるシグ義兄上を見て大変取り乱していた。
「シグ様!! シグ様、シグさまぁ……!!」
「ベティーナ! 落ち着け! 丁度いい。ニーナ、鎮静作用のあるお茶を持ってこい」
「姉さん、落ち着いて。義兄さんは生きているよ。姉さんがここで取り乱してどうするの」
「お待たせしました、陛下。こちらのお茶を」
「ああ、助かった。ベティーナ、正気に戻ったか?」
「……ええ……泣くのは後、ね。予想は出来ていたことなんだから。ええ、覚悟もしていたわっ」
「……ティー……ナ……泣かな……い……で」
「シグザーウェル。それ以上話すな。ベティーナ、分かったか? お前が取り乱すことでシグザーウェルも無理することになる。シグのことを思うなら、激情を押さえろ。特別に、ここにいていいから」
「はい、お兄様……っ」
そして、一晩中姉は献身的にシグ義兄上を看病していた。翌日には傷も塞がり、起き上がれるほどまでになっていた。姉さんが治癒のスペルを使っていたからだろうな。
「よっ、イアン。助かったよ。もしあのまま放っておかれたら今頃死んでたな。この城の使用人はよく訓練されているよなぁ」
「思った以上に元気そうで安心したが、ベティーナの心労も察してやれよ……」
「お兄様っ、私はもう大丈夫です」
「何を言う。昨日はあれほど……」
「大丈夫だよ。朝方に十分甘えさせたからね」
「し、シグ様……!」
「オマエノトコモカ……」
イアン兄上が遠くを見つめる羽目になるのも分かる。あんなに傷だらけになった翌日に平然といちゃついているんだもんなぁ。しかもベティーナ姉さんとシグ義兄上はまだ婚約状態だったんだぞ? 妹思いの兄上としては複雑な気分だったんだろうな……。ちなみにこの時期、兄上は自分の嫁といちゃつく暇などなかったことも複雑な気持ちになった要因の1つだろう。
「……ところで、報告は出来そうか? いや、出来るよな?」
「もちろん。ベティーナがくっついてくれるからかなり持ち直したよ。
それで、軍国だが、やはり町中が甘ったるい匂いに覆われていたよ。ベルンハルト大公閣下がおっしゃっていた通り、もはや軍国は終わりだろうね。俺の知り合いもついぞ正気に戻らなかった。
一番の難関だった紅狂華のありかなんだけど、首都の郊外に小さい森があって、その中心部に位置する湖の小島に生えていたよ。1本どころじゃない数が生えていたから効果も高くてね……危うく取り込まれるところだったよ。それで、その時に技術者の一人に見つかってしまってね。そこから国境付近までずっと追いかけっこさ。らしくないドジを踏んだものだと思ったね。どうも、僕も少なからず影響を受けていたようだよ。
……『狂華』って本当に怖い花だねぇ」
最後の一言にはやけに実感がこもっていた。俺の言葉じゃ言い表せないほど恐ろしい思いをしたんだろうな。
それから1週間ほど経って、いよいよ戦争が始まった。幸いこちらの方が有利に進めることが出来ていた。
「やはり、軍国の武器は対人を考えれば優秀なんだろうが、大型の魔獣も仕留められる仕掛けには及ばないな。確かに『漏れ』が出ることもないわけではないが、かなりの人数を減らせる点ではこちらの方がいいだろう。よし、このまま防御に徹せよ!」
「陛下。勢いがある内に叩いた方がいいのではありませんか?」
「私もそれは考えたがな。向こうは狂華の影響を受けているから、全員が死兵と思ったほうがいい。そうすると、下手な追撃はこちらを滅ぼすだろうな」
「ふむ。確かにそうですな。それにしても、狂華ですか……こちらに持ち込んだ愚か者は一体何を考えていたのか……。責任取れと叫びたくなりますな」
「本当にな……」
「ふむ。冒険者は彼等の命を奪うことは彼等の救いとなると言っておりましたな。陛下もそうやって受け止めくだされ。今回のことに置いては責は人類一人一人が負うことになるでしょう。それ故に……
四大国連合軍での作戦の許可が降りたのでしょう」
一方、第四皇子と第五皇子の密命部隊は当初の数を大きく減らしつつも『紅狂華』が生える小島が浮かぶ湖畔に近付きつつあった。
「ちっ、また襲撃か。軍人は戦場に出ているから、今俺達を襲っているのは技術者だろうが、かなり多いな」
「仕方ない。ここは俺達二人で止めておく。ハーンとディークの護衛は任せた!」
「すまない! ガルグ、カザン」
「「おう! 気にすんな。すぐに追い付くからよ!」」
俺達が数を減らしているのはこのように数人ずつが襲撃者に対応し、他を先に進めるようにしているからだった。また二人後を頼むことになってしまった。ここまで別れたメンバーもすぐに追い付くと言い残しておいて未だに合流できていない。しかし、泣くのは後だ。今は少しでも早く紅狂華を焼かなくてはならない。
「見えた! あれか!」
「ええ。本当に『紅』なのねぇ……」
「とりあえず、この匂いをどうにかしたいですね」
「そうだ。ディーク! 雨を降らすよ!」
「「【恵みの雨よ】」」
「おお……! 頭もスッキリしたわ。それで、ここからどうしましょうか? とりあえず焼くでしょ、その後は、この島ごと沈めちゃいましょうか。何か変なものが残っていても大変だし」
「焼くのはまかせて!」
「頼む」
「【ファイアーストーム】!」
「念のために……【ラーヴァ・フィールド】……うん、これで少し焼いておけば根っこもなくなるでしょ」
「小島を壊すのは俺の役目だな。そろそろましな温度になったかな? よっと……」
ドッカァーーン
「あいっかわらずふざけた威力だなぁ。たった5年でここまで攻撃力上がるかぁ?」
「おおう……もう終わってら」
「襲撃者への対応だけで終わりかー」
「ディークのアレ、どうやってんだ? というか斧は地面を割るモンじゃねぇだろ」
「ガルグ! カザン! それにグレンにアンリ! 無事だったんだな!」
「おう、もちろんだ。他のメンバーもちゃんと生きていたぜ。軽傷者が多数で、重傷者はいない。骨をやられたやつは何人かいたがなー」
「グレンとアンリは追いかけつつ怪我したやつらの治療もこなしていたから遅れたようだ」
「森にだけ雨が降ったあと、紅狂華の匂いが薄まったからもう終わっているんじゃないかってことで代表の4人で来たんだよ」
「そちらも無事でよかった」
「あとは本陣へ戻って報告か。怪我したやつらは動けそうか?」
「大丈夫。ちゃんと治したからね」
状況を聞き出しつつ、後からやって来た4人の先導で集合地に向かう。そこには足止めに向かってくれた人達がいた。確かに重傷者はいない。だが、頭を怪我していたり、心臓付近を押さえていたりとヒヤリとする怪我を負っている者も結構いた。Aランクの人達がほとんどなのにここまでやられるとは……
「軍国の技術者ってそんなに強いのか?」
「いや、技術者自体は非力なもんだったがなぁ……あいつら、所謂死兵だったんだよ。爆弾持って特効仕掛けてくんの」
「爆弾の破片がまたいい威力でなぁ。ほら、うっかり頭に食らっちまったよ」
「こっちに見せんじゃねぇ。お前、アンリの治療がなければくたばってたよ。それにしても、目の前で爆死されるのはかなりキタな」
「正直、襲撃があったルートは通りたくないな」
「そうか……待てよ? それなら、本陣はもっとヤバイんじゃないか?」
「「「あ……確かに」」」
「こうしちゃ~……」「いられねぇなぁ」
「活躍の場が」「出来た……のか?」
「「「……行くぜおらぁーーー!!」」」
別動隊の面々は怪我していたとは言え、戦闘成分が物足りなかったようだ。不完全燃焼だった人達は目をギラギラさせて本陣の方向へ走っていった。あの場所から戦場まで大分あったんだがな。ずっと走り続けるつもりだろうかと呆れたな。ああいった一面がギルド嬢のキアラさんに『Aランクパーティだとしても馬鹿ばっかりなんだから』と言われる所以だったんだろうな。
別動隊だった冒険者の加勢は結果としてこちらの軍の被害を減らすことが出来た。つまり、ギリギリ爆弾を使われる前に辿り着き、情報を上にあげて、すぐにイアン兄上が作戦の変更を指示し、魔術師団を主力として遠方から向こうの軍を攻撃すると言う流れになった。フェリクス兄上とフィリップ兄上のやる気の上昇は凄まじく、あの二人だけで7割は倒されただろうなァ。
「……あの二人の魔法は封印だな」
「外交関係には迂闊に出せませんな」
頭痛を堪えるようにしてとある国王と宰相は兄上達の処遇を検討し始めていたな。それだけ異様に威力の高い魔法が飛んでいたんだよ。
そのあと、狂華のせいでおかしくなってしまった人たちの殆どは、匂いがしなくなると次々と死んでいった。戦場に来ないで首都に詰めていた人たちも衰弱死しているのが見つかった。どうやら狂華はドーピングのように作用し、その効果が現れている時は技術者ならひたすら研究をしたり、武器を製造したりして、食事はしていなかったようだった。
軍国の首都へ様子を見に行った部隊は、凄惨な光景を目撃したそうだ。道端に行き倒れた死体が積み重なり、馬車が通る道の中央は赤黒いモノがこびりつき、一歩裏通りへ出ればツンと鼻につく腐臭がして……。皆、死んでいたという。
結局、軍国の人で狂華から逃れることが出来たのはシグザーウェル義兄上と公国へ行っていた人達だけだった。
「ベルンハルトが【浄化】を開発してくれたお陰だな……」
「本当ね。イアン様。それがなければシグも助からなかったものね。さすが私の義弟だわ!」
「リエ、お前にも苦労を掛けたな……今回は本当に助かった。お前と母上が動いてくれたから四大国連合軍が実現したんだ」
「それ、本当ですか? 母上、リエ義姉上、ありがとうございます!」
「いえいえ、ディーク。些事は私達の担当だもの」
「「……些事って言えるのがすげぇよ」」
「立派な嫁をもって私は幸せだよ」
「うふふ。イアン様……あとで、わたくしに甘えてよろしいですから、今は戦後処理に勤しんで下さいませ」
「ああ……そうだな……」
……皇族の関係者の女性は強かったって話だよ。
それで、俺は冒険者として生きることに決めた。どうやら魔の森からこちらへ持ち込まれたモノは他にもあったようでな。詳しいリストをもらって兄上達とそれを追うことになった。
俺は大抵、あの紅狂華の小島を粉砕した時のような攻撃で締めることが多かったから、Sランカーになって『地割りのバルディック』という二つ名が定着した。
二十歳になったら嫁が出来てな。俺と同じSランカーだった。15年ほど冒険者を続けて、子供が5歳になったのを機に引退したよ。そのあとは外交官として適度に兄上に使われて生きていた。
ところで、元軍国だった土地は帝国が管理することになった。それが決定してからイアン兄上はすごく忙しそうにしていたな。俺が冒険者を引退した頃には元軍国の首都だった所は一面の花畑に変わっていた。もちろん、無害な花だぞ。あれは、死者への手向けの花だそうだ。ひょっとしたら現代でも変わらず咲いていたりするかもな。
――そして、75歳の春のことだった。俺は、妻よりも先に迎えが来ちまった。俺の最愛にお礼と別れを告げて、子供たちに民を守る皇族たれと言い残して人生を終えた。