閑話 聖女様の物語1
※注意!
今回からしばらくは英雄様のシリアスなお話を御送りいたします。
―――今回の骸骨・ゾンビで現世観光は久しぶりに大変満足のいくものだったわね。ここのところ、出向いても人がいなかったり、いたとしても実力に欠けた方々しか出会えないのが殆どだったので私達もつまらない時間を過ごすことが多かったのだけど、シルヴァー達はそれなりに実力もつけていて、対戦も楽しかったわ。
感想はここまでにしておきましょう。実は、ラヴィを筆頭に最後に私達の話を聞きたいと言われてしまったのでどう話したものかと困っているのよ。他ならぬラヴィのお願いなのでぜひ期待に応えたいのだけれど伝説になるほどの人生ではなかったから。
私は、辺境の小さな村に住んでいたわ。働き者の両親に、7歳年上の兄がいたわ。何分、小さな村だったので互いに支え合い、助け合い、生きていた。私は拾い子だったみたいだけど、愛情を持って育ててもらっていた。
私が10歳になったときだったかしら。ひどく熱を出して寝込んだことがあった。峠を越えた翌日、私の世界は一変していた。
「……なんだろう。わたしのなかにへんなものがある。おかーさん!」
「メヌ! 気が付いたのね。どうしたの?」
「わたしのなかにへんなものがある」
「変なもの? うーん……森のばばさまに診てもらいましょうか」
当時、私の村の近くにはそれなりに大きい森があり、その森を30分ほど歩いたところに村の医者のような立場にあった魔女が住んでいたわ。私の熱もその魔女に診てもらったそうよ。
「ほう……珍しいの。魔法が使えるようになっておる」
「ええっ!! では、領主様に伝えなくてはならないのですか」
「……そうじゃな。だがあやつにこの宝石を壊されては困るのぅ。ジェシカよ、この子を私に預けてみないか?」
「……それは……確かにその方がメヌも安全だけど……。そうね、お願いします。この子が道具として一生を終えることがないように、力を分けてください」
魔女の見立てでは私は全属性に強く適正がある、珍しい子供だったそうよ。その日から私は魔女の元で修行する日々を送ったわ。その生活は毎日新しいもので溢れていてとても楽しいものだった。2年後には上級魔法までマスターしていたのよ。
しかし、魔の手は確実に迫っていた。
ある日、いつものように魔女の家に向かうと何故かシン…と静まっていたのよ。いつもなら外に薬草が干してあったり、魔物化した野菜が騒いでいたりしたのですが、それもなく、ただ静かだったの。恐る恐る家にはいると、魔女が床に倒れ伏していて……。
「お師匠様……?」
当時の私ももう理解していたわ。どれだけ問いかけても返事は返ってこないと。私は泣き崩れ、魔女…師匠の骸にすがり付きました。その時、部屋にわずかに違和感を感じたのよ。
「なに…これ……。魔法陣の魔力よね。効果はこの部屋全体で……っ、【空気の消滅】!? なによこれ……」
おそらく、今はもう存在しない魔術。【空気の消滅】は文字通り空気を消すもので、術は魔法陣が部屋で開かれたときに部屋全体の空気を奪うわ。師匠の死因は窒息死だったということね。
そして、それは術の発動後に消えるように改良されてからは貴族の間でよく使われるようになった暗殺方法の1つだった。師匠を殺すような人物は一人しか思い浮かばなかったわ。領主のボールド・マイザー。
「許さない……」
私は一先ず母に魔女の死を伝えたわ。もちろん、魔女の死が他人の手によるものであることは隠して。一週間のうちに葬儀も終え、私も村の仕事に従事するようになったわ。そして、敢えて魔法が使えることを隠さないようにしたの。私の予想では領主側に動きがあるだろうと思ったからよ。
数日後、領主の私兵がやって来て、私に領主館へ行くように命じたわ。彼らが持ってきていた報償は……村長の手に渡っているのが見えたわ。
「メヌ! ばばさまの言い付けを何故守らなかったのよ! 領主様のところへ行ってしまうと多分二度と会えなくなるのよ。逃げなさい。今すぐ!!」
「……お母さん。師匠は殺されたの。私は仇を討つ」
「何ですって!? そんな、そんなことをあの領主が……?」
「村長が知っているんじゃない? とにかく、私は領主館に行く。お母さんこそ、逃げて。私を隠していたことで怒られるかもしれない。私は、だいじょうぶ。上級まで使えるもの」
「……そう。決意は固いのね。なら、生き延びること。それだけは約束して。……どうせ私達も長くはないもの」
「お母さん?」
「何でもないのよ。絶対生き延びてね」
そんな会話をしたのが領主館に行く前日のこと。別れの挨拶まで母は『生き延びて』と繰り返していたわ。……領主館に送られた魔力を持った子供がどうなるか分かっていたのでしょうね。いえ、後から思うとそれ以上のことを知っていたみたいね。
「お前がジェルメーヌか。お前のための腕輪を用意してある。つけておけ。外すように指示がいくまで外すな。それと、衣食住は保証してやる」
腕輪は着用者の魔力を強制的に吸い取り空の魔石に蓄えることで人工的に魔石を作る物だったわ。魔力の過剰供給で壊せそうだと分かったから大人しく着けたけれど、あまりの怒りに魔力暴走を引き起こすかと思ったわ。
私は何とか激情を抑えて師匠のことを聞くことにしたわ。ボールドがどう思っているかは知らなかったからね。
「質問いい?」
「娘! 言葉がなっていないぞ!」
「いや、今はいい。それで、聞きたいことはなんだ?」
私の言葉にボールドの私兵の一人が声を荒らげるがボールドがそれを制して続きを促してきたわ。誰に文句を言われても、無理矢理連れてきたような奴等に払う敬意など持ち合わせていないので気にせず話を続けたわ。
「森の魔女に何した?」
「はっ! あの婆さんか。おれは何もしてない。まぁ、手紙を送りはしたがな」
手紙。それに【空気の消滅】の魔法陣も同封されていたとしたら……? やはり、怪しいのはこの男だ。
私はそう思ってその日から密かに調べ始めたわ。まだ子供だったからそこまでの成果はなかった。けれど、奴の言い付けはしっかり守っていたからかそれなりに自由行動は許されていたから、だんだん情報が集まってきたわ。いわく、
・ボールドには優秀な兄がおり、その兄は王都に詰めている
・連れてきた魔力持ちの子供は3年以内に衰弱死している
・幻獣の毛皮などを売り買いしているらしい
それは、屋敷の使用人の間でささやかれている噂だった。けれど、火のないところに煙は立たない。遂に私はボールドの悪事の証拠を掴んだわ。幻獣の売買記録に、各村からの税の過剰徴収の証拠、それに【空気の消滅】の魔法陣の購買記録も。よく残っていたものよね。
私は賭けに出ることにしたわ。屋敷を抜け出し、いつもついている監視を撒き、王都へ向かったの。ボールドの兄が(人道的にも)優秀ならこれらを見て対応してくれるだろうと考えてね。
「……すみません。ここがマイザー家……の御屋敷で……すか? 嘆願……を」
「ああ、そうだが。お、おい、お嬢ちゃん、大丈夫か!?」
領主の屋敷から王都まで一心不乱に歩いてきたから消耗も半端無かったわ。しかも、ボールドの悪事の証拠の1つとして腕輪をそのままにしていたから魔力不足も相俟って余計にね。あのときは何とか『嘆願』と言えたけれど、その辺りで気を失ってしまったわね。
「お目覚めですか。水を飲んでください」
「……ありがとうございます」
起きたら側にメイドさんが控えていて、水を差し出してくれたから大人しく飲んだわ。そしてほっと一息つくと扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
「……アーベル様! お待ちください! まだ安全と決まったわけでは……!」
「……『嘆願』だと聞いたよ。わざわざここに来るほどのね? 私が聞かなくてはならないことだ」
その言葉で扉の向こうに目的の人物がいると分かった。私は思わず息を詰めたわ。
「ぁ……」
「やあ、お嬢さん。丁度起きたようだね。私はアーベル・マイザーだ。早速だが『嘆願』の内容を教えてくれるかい?」
「アーベル様。この子はまだ起きたばかりですよ」
「あの、話します。お願いします、きいてください」
そこで私は私の知る全てを話したわ。師匠のところでの生活から、師匠の死、それが【空気の消滅】の魔術によるものと思える根拠と証拠、村で魔法を使えるそぶりを見せるとすぐに領主館から私兵がやってきたこと、領主館で魔力を強制的に吸い取る腕輪を着けさせられたこと、ボールドの悪行諸々……。
「……そうか。ここまで証拠が揃っていればあいつは流石に言い逃れはできないだろうな。1つ確認したい。君は腕輪を無効化できるのか? 魔力を吸い取られているにしては余裕があるように見えるが」
「無効化というか、魔力の回復を早めているんです。それに、もとの魔力が多いので腕輪も吸い取り切れないのだと思います」
「驚いた。それは貴族並の魔力量だよ。おっと、そろそろ失礼するよ。ボールドについては明後日対処しよう。何を悠長にと思うかもしれないが我慢してくれるかい?」
「……はい」
驚いたことにアーベル様は『明後日』までにボールドの罪を調べ上げ、裁判に持ち込む手立てをも用意していたわ。優秀とは聞いていたけれどここまでとは思わなかったわね。
そして私もアーベル様についていったわ。裁判で証人としてもう少し王都に滞在することになったから、親にその説明をするためよ。
ボールドの屋敷を押さえた後私の生まれた村に向かったのだけど、そこで私達は衝撃の光景を目にすることになったわ。
村についてみると、私が村を出た当時の面影はなく、畑があった場所も家があった場所も荒れ果てていたのよ。私がいない間に一体何が起こったのか……。村長一家をボールドの屋敷で捕まえたけれど、それが関係しているのかしら。そう思ったわ。
「ジェルメーヌ。ここは、どういうことかな?」
「分かりません……少なくとも1年前は普通の村でした」
父は、母は、兄は一体どこに行ったのだろうか。クルト、ミル、フィアナ……私の友達も皆、どこかへ移ったのだろうか。こんなに早くに? 畑を捨ててまで?
混乱の最中、1つ人影が現れた。それは……
「メヌ。母さんから聞いたよ。仇は討てたのかい?」
「……兄さん? ええ。あいつを裁判で裁くことになったわ。ねぇ、兄さん。村のこの現状はどういうこと?」
それは、間違いなく兄だったわ。でも、何故か髪の毛の色が変わっていたけれど。黒い髪だったのに銀髪になっていたのよ。それについても聞きたかったけれど、より優先して聞いたのは村がどうして荒れているのかということ。
「ああ、もうここに住めないと判断したからだよ。村長一家や取り巻きの人間はあろうことか僕らの住むこの地に澱みを持ち込んできたからね」
「でも、折角ここまで拓いた土地なのに?」
「……メヌ。気付かない振りは駄目だよ? 僕達家族と仲の良かった一家は人じゃないんだ。神獣、なんだよ」
母、父、兄と私がどこか違うことは薄々と感付いていたわ。魔力が分かるようになってからは兄達と私や村長一家、その取り巻きとの違いがよく分かったわ。魔力の持ち方、純度が全く違っていたのよ。私が魔力を身の内に持っているのに対して兄達は魔力をまとう感じで持っていたの。
「僕達はね、この国と1つ約束をしたんだ。この国の西に位置する幸いの地への森を切り開かない代わりに魔に侵されやすい辺境の地を浄化するという約束だ。ただし、ヒトの澱みを持ち込んだ場合、すぐに引き揚げさせてもらうという条件をつけてあったんだ。森の魔女殿がご存命の間はここにいようと決めていたんだけどね。もう、居なくなっちゃったから僕達もイ・ラプセルに戻ることにしたんだよ」
「その結果が、これ……」
「……神獣様。私は貴族ですので、それなりに事情を知っております。猶予までいただいていたというのにこのていらく、誠に申し訳ございません。みっともなく引き留める真似は致しません。……今までありがとうございました」
「ああ、うん。……君のような人がいるならメヌを託せるかな。
メヌ。この国はこれからゆっくり傾くよ。でも、君がいれば多分滅ぶことはないと思う。どうする? 残るかい?」
兄についていくか国に残るか。この2択を提示されて私は迷ったわ。ボールドのせいでかなり辛い日々を送ったこの国に残りたくないという思いもあったけれど、兄達がいなくなった後この国が傾くことを考えると見捨てるのも忍びないとも思ったわ。ボールドみたいにどうしようもないやつもいるけれどアーベル様のように素晴らしい人もいるのだもの。
結局、私は残るという選択をしたわ。
「……じゃあ、ここでお別れだ」
「「またね」」
『さようなら』は言いたくなかったのよ。いつか、絶対に会いに行くと決意していたから。