460 マーク司祭
二度目ましてな教会。
今回は謎の人だかりもなく、表の入り口はどこか閑散としていた。
ここまでの道中でカルロスには俺が言っておきたいこと――神官のルパートが保護している子どもについての話をしてある。不謹慎ではあるが、子どもかルパートから要請があれば兵士として本格的に踏み込めるかもしれないと言うことで、どこかホッとしていた。
ただ、ルパート自身は子どものことを考えると積極的に協力するのが難しいという態度だった。そこを何とかして協力を取り付けるのはカルロスの仕事だ。俺ができるとしたら、子どもの一時預かりくらいだろうか。ずっとでなければ可能だろうと思う。
教会内部に入れば、さすがに無人ではなかったので、ある程度の人目には晒される。とはいえ、今日は兵士と一緒だからかすぐに視線は外れていった。こういうところを見ると、教会の人も普通の人なのだと分かる。
「ええと、確かマーク司祭は部屋で待っていると言っていたので……こちらですね」
向かうのは神官達の自室がある棟らしい。昨日行った孤児達が過ごす棟とは少し方向が違うが、そんなに離れているわけでもない場所だった。緊急時には駆けつけることができる程度の距離だ。
俺はふと、迷いのないカルロスの足取りに疑問を抱く。
「カルロスはここに来たことがあるのか? 教会には踏み込めないとか前に言っていた気がするが……それにしては、慣れた感じだな」
「あ、そういえば言っていませんでしたっけ。マーク司祭は私の叔父なんです。身内を訪ねるということで何度か来たことがあるので、場所も知っています」
何と、カルロスの身内が神官だったと。
それなら、わざわざ俺に依頼せずとも、その叔父と協力して教会を探れそうなものだが……。
「叔父も協力はしてくれるのですが、司祭の前ではやはり皆さん大人しいそうで、実態をつかみたいときには条件が悪いんです」
俺の疑問はすぐに氷解した。
さっき教会の人も普通の人だと思ったばかりだ。その通り、権力者の前では不都合なことは隠してしまうのだろう。
司祭というのがどのくらい影響力があるのかは分からないが……普通の神官よりは地位が高く出来ることも多そうだ。
「ここですね。――カルロスです、マーク司祭、いらっしゃいますか?」
「やぁ、カルロス。待っていたよ」
扉の向こうに気配が現れ、サッと扉を開いて顔を出したのは悪戯げに鼠色の目を細める男だった。カルロスの叔父だというが、思ったより若い。
そして、扉を開ける寸前まで気配がなかったぞ、この男。驚いた。
カルロスも同じように驚いたのか、ヒュッと息を飲んで硬直していた。
「叔父さん! やめてほしいな、毎回毎回……びっくりするんだよ」
「ハッハッハ。カルロスもまだまだたなぁ。ところで、そちらは? 今は獣人のご新規さんは喜ばれないぞ」
マーク司祭はちらりと俺を上から下まで見て顎先に指をかけ、思案するようなトーンで呟く。
「いや、この体つきだと結構鍛えているな。従軍神官だったらあまり波風も立たないかもしれんが……」
「生憎だが、そのつもりはない」
黙っているとうっかり神官にさせられてしまいそうだったのでキッパリ拒否しておく。
「ふむ? だとすると、カルロスの協力者か?」
「そうなんだ、叔父さん。説明するから、中へ通してもらって良い?」
「ああ、そうだな。もてなせるようなものはないが、茶くらいはある。……どうぞ、中へ」
そして、勝手知ってる様子のカルロスに勧められた椅子に座り、マーク司祭がお茶を持ってくると、早速話を始める。
「とりあえず、紹介からですかね。シルヴァーさん、こちら、私の叔父のマークです。先に話した通り、遠征に参加する神官の取りまとめなんかをしている司祭です。叔父さん、彼は衛兵側に協力してくれるという冒険者のシルヴァーさんです」
俺とマーク司祭は互いに手を出し、握手する。
……剣ダコのある司祭なんて、珍しいものだ。
「初めまして、エフラヴァーン教会の司祭をしているマークといいます。冒険者でしたか、その体格には納得できますね」
「ああ、Aランク冒険者のシルヴァーだ。……司祭、その口調は、外向けのものなのか?」
扉口で話していたときとは打って変わって丁寧な口調になっているので、違和感が大きい。
「はは……司祭をしているとやはり丁寧な対応でないと怖がられてしまうことがあるんです」
「大変なんだな、司祭というのも。口調は別に気にしないから楽な方にしてくれ」
「おや、それは助かるな。では、互いに楽に話すとしよう」
話すといっても、そう多くはない。カルロスが中心になって、俺が協力することになった流れや、教会内部の現状といったものを再確認する程度だった。
「へぇ、聖人にはもう会っているのか。フォルクス殿とサージ殿な……まともなのとネジが外れているのと両方に会ったのなら、落差に驚いたろう?」
「ああ、まぁな。何であいつが聖人認定されているんだ? と素直に思う程度には衝撃を受けたぞ」
「誰もがたぶん同じように思っているな、それは」
司祭がそんなことを言っていいのだろうか……まぁ、ここにいるのは限られた人数だから良いのかもしれないな。
「ちなみに、聖人って具体的にどういう存在になるんだ?」
「そうだな、外部の人からは分かりにくいか? 基本的には、神官の中でも特に秀でた能力のある者を聖が人と呼ばれる。その能力が司祭以上の者の半数以上に認められれば聖人という称号が授けられることになっている」
「なるほど。あのサージとかいうのも能力はあるんだな」
「それは間違いない。この目で見てしまったからな」
「どういう能力なんだ?」
「一言で言えば、荒れた体内魔力を均す能力だな」
荒れた体内魔力。普通にしていて自分が持つ魔力は荒れることはないと思うのだが……。
一言でいわれただけでは分からないことがわかった。
どういう意味なのかと聞く前に、俺の疑問を察したようにマーク司祭は言葉を続ける。
「魔人族にはよく知られているんだが、魔力との親和性が高い故に自分が生産する魔力や周囲から取り込む魔力が過剰になって体がバランスを崩してしまいがちになる、という魔力飽和症があるんだ。適切に発散しておけば問題はないんだが、街に暮らす魔人族はその機会があまりないから発散し損ねてしまうことがままある」
普通の人間だと、過剰な魔力が集まる場所などでは吐き気や目眩、酷いと昏倒してしまうことがある。魔人族の場合はそれが自己の魔力で起こってしまうということらしい。
「そのまま放置してしまうと溢れて周りも巻き込まれ、失明や意識不明、最悪は死亡しまうからとても危険なんだ。だが、平定の力は死んでさえいなければ後遺症なく完治させることができる。しかも、基礎魔力量も可動魔力量も上がった状態で安定させられる」
基礎魔力量というのは、個人が持てる魔力量のことだそうだ。
「基礎魔力量は簡単には上がらないので、それが叶うというのはかなり奇跡的なことなんです。誰もが願っているのではないでしょうかね。魔力が高水準で安定するということは、魔力飽和も起こりづらくなるので」
「そうなのか……」
サージについては、あの性格でよく聖人として認められたものだと思ったが、能力重視で性格は二の次だったということだろう。
それで不利益を出していては世話ないが、今のところは目立った不利益は獣人に偏っているので大きな問題にされていないというところだろうか。
「能力のある問題児というのは、対応に困るな」
「「まったくだ(です)」」
「ああ、幸い、彼は今度の討伐遠征には同行しませんので、そこは安心してください」
「そもそも出来ないだろう。ヴォノダインから来ているカプラは獣人だぞ」
「そうなんだよな。カプラ殿は2、3年おきくらいに協力してくれている常連というか、慣れた相手なんだ。彼女にまで突っかかる可能性がある場合、さすがに連れていけない」
「シルヴァーさんには迷惑をかけますが、顔合わせしていただく8名についてはそのあたりも観察していただけると助かります」
「8名についてはここにリストがある。名前だけで良いんだよな?」
おっと、本題。
俺はマーク司祭からリストを預かる。
「はい。急だったので名前しかリスト化する時間がなかったんですよね」
そういうことにするわけだな。
「なるほどな。名前だけだと色々な人に聞きながら、下手したら教会全体を回るしかないかもしれないな」
「そうですね」
「何かあったら『マーク司祭から頼まれている』と言っていい。それで個人の私室以外のたいていの場所は入れるだろう。ただ、フォルクス殿については無理しなくていいからな」
「あ、そこは伝えてあります」
何となくお互いに含むものを含ませながら擦り合わせを確認し、俺だけ先に部屋を出る。
さて、エフラヴァーン教会探索の時間だ。果たして俺は“おつかい”を無事にこなせるだろうか。




