王都13 情報
ヨシズ視点
「うう……今日は厄日だ。朝は寝坊するしちょっと二日酔い気味だしゆっくり朝食食べれないし! こんな状態なのに出かけなきゃならないなんて、マグルス許すまじ」
うがぁー! とうっかり叫んでしまった。叫びたい気分だったんですすみませんてへっ……なんて誤魔化しつつギルドへ急いだ。
「……で、なぜそんな状態になったんだ?」
ギルドの執務室でマグルスはくるりと椅子を回転させてヨシズを見て、呆れを込めた声で聞く。
今のヨシズは道中あちらこちらから貰った食べ物で両手、口がいっぱいの状態である。
「いや……モグモグ……今日は厄日だと叫んで……ムグ、いたら広場でいろいろ貰った」
「いや商売している人がそんなに簡単に渡すわけないだろ。嘘も休み休み言えよ」
珍しくギルマスがツッコミに回る。依頼の金額などで商売人と交渉するギルマスからすれば同情だけで商品を渡すなど優しい商人はここに居るわけがないと断言できる。と言うかそういう人がいれば交渉することで胃を痛めることはない。
「本当だぞ? 『朝は寝坊するしちょっと二日酔い気味だしゆっくり朝食食べれないし』とか言った気がする。そうしたら頑張れよと言われて渡された……なぁ」
「まぁよく見ればお前の顔は青いからな。同情はもらえそうだがな。そんなに持たされる事だけは解せん」
「オレの記憶も飛び飛びだから参考にならんしな。……うっぷ……すまん、マグルス。ちょっと休ませてくれ」
「はいよ。とりあえず30分な。というか、二日酔いの後にそんだけ食べれば気持ち悪くなるに決まってるだろ。だが、少し休んだら何がなんでも手伝ってもらうぞ」
「お前が楽したいだけだろーに、たかだか1人の冒険者風情に手伝わせんな」
「安心しろ。やってもらうのはお前等が持って来た案件だ。お前のことだからどうせ関わるんだろ。いちいち情報を俺から伝えるのも面倒だからここで覚えて行けよ」
なるほど。マグルスにしては気を利かせた方だな。だがなぜオレだけ巻き込んだ。リーダーたるシルヴァーを連れてくるべきだろう。オレじゃなく。
30分後
「ふっかつ! 大分マシになった」
「そうか。じゃあとりあえずこれを見てくれ。その間に他の書類を片付ける」
マグルスが渡して来たのは優に5cmは越える書類の束である。情報を持って来てからまだ1週間も経っていないのにどうやったらこんな量を書類に出来るのだろうか。思わずマグルスの方を見てしまったが、本人は残りを片付けるために完全に処理モードに入っており、機械的に書類を捌くのに全てを費やしているのでヨシズの驚きは黙殺された。
「まぁ、いいか。情報は沢山あって困ることはないしな」
『プロミス暦3417年紅の壱の月。王都にて枢機卿の来訪に伴い、対立組織の存在が発覚。捕らえた者達の自供によると、彼の者達は女神アデライドに代わり女神エヴィータを信奉しているらしい。以降が彼等の主張である。
この世におわする神は女神エヴィータただ一人。女神アデライドを信じる者達に救いの道はなく、女神エヴィータの名の下断罪されなくてはならない。そして女神エヴィータが力を振るうのに国という区分は不要である。国を運営するトップの者達も断罪されなくてはならない。そうすれば女神エヴィータの加護の下人の敵である魔獣も従えることが出来、我等は更なる進化を遂げるだろう。
……などといった流言飛語でしかない言葉であるが、肝心なのはあらゆる国に対立する姿勢であることだろう。各国にこの輩が潜んでいることが推測できる』
プロミス暦3417年紅の壱の月は今からちょうど50年前のこの時期である。と言うことは、これは先代ギルマスがまとめた物となる。今もまだのさばっていることを考えるとあの超有能な人が問題を先送りにするしかなかったというのか。そう考えると、敵は手強いぞ。
『プロミス暦3422年蒼の弐の月。ようやく目立った動きを捉えた。奴等はやはり各国に潜んでいた模様。教国にて聖獣を狙った事件が起こり、その背後に例の組織の影があった。しかし実行犯を捕まえること叶わず。現場に残されていた魔道具を解析したところ契約に来た聖獣を隷属させることが目的だったようだ。
聖獣を押さえ込める道具を作れるならば当然、魔獣を押さえ込める物も同じように作れるだろう。恐ろしいことが起こりそうだ。奴等が聖獣を狙ったのはまさか、貴族を味方につけるためか? 貴族達の間では密かに聖獣の剥製を求める者もいると言う噂を聞いたことがある。非常にまずい事態かもしれない。対策しようにも、どのように出来る? 全てが後手に回ってしまった』
『プロミス暦3423年蒼の弐の月。昨年度よりも事件が多く起こっている。聖獣の子の誘拐事件、竜の子も何者かにさらわれた。また、不自然な魔獣の群れ、各都での異常な魔力溜まり。いずれも背後にエヴィータを信奉している輩の影がちらつく。民の混乱も大きい。我々の多くはもはや奴等が崇めている女神エヴィータを邪神と呼ぶまでになった。せっかく整っているこの秩序を壊そうとする輩が信じる存在を神だと思いたくない。これは事実を知る者の総意だ。
即効果が表れる様な対策はないので、この様な記録を残しておくと決まった。各国のギルドはもちろんのこと、各王家も力を貸してくれるそうだ。この記録も残す。これを見ている次代の者達よ、今だ狂信者達がのさばっているならば、ぜひ我等が残す記録を生かして欲しい』
先代ギルマス、マリーネさんマジ感謝。これなら何か有力な情報が出てくるかも。
パラパラとめくっていくと少しずつ情報が集まってきた。
『プロミス暦3447年金の壱の月。毎年恒例の女神アデライドへの感謝祭にて教皇暗殺未遂事件が発生。祭で皆浮かれているなかでのこの凶行による死者20名、内一般人7名、聖職者3名、冒険者10名である。負傷者は50名にも上る。幸いにも教皇は冒険者ジズール、ヨランダによって目立った外傷なく無事であったが、一般人まで死者を出してしまったことは大変遺憾である。
此度の事件をうけて、一般人にも危機感が現れ、ギルドに対策の多数の要望が届けられた。各国ギルドマスターの集まる冒険者ギルド総会では、都に住む冒険者が持ち回りで申請があった町や村に1年ほど行くという義務の体制を強化することになった。また、不自然な魔獣の群れや魔獣の増加が見られたらすぐに情報をまとめ、都に届けるように地方ギルド長に通達した。
情報局の面々が絶望の表情を浮かべていたが数年もすれば慣れるだろう。頑張ってくれ』
教皇暗殺未遂事件……ジズール、ヨランダ……父と母だ。父が冒険者を引退し、母が死んだのがこの事件だったな。オレが7歳の時だったか……。
「どうだ、何か分かりそうか?」
「っうお! マグルスか。そっちは終わったのか?」
「ああ。溜まっていた分は処理し終わった。それて、大分読み進めている様だが、どうだ?」
「お前は読んでないのか?」
「いや、もう全て読んでいる。だが、現役冒険者の視点ではどう思うのか聞きたいと思っただけだ」
そうだな……彼等は女神エヴィータを信奉していて、女神アデライドを信じて知る人を敵視しているんだろう。マリーネさんが危惧していた通り各国に潜んでいると思う。特に教会がある所なんかは怪しいな。何故かって? そりゃあ相手を倒すには相手を知ることが大切だからだろ。向こうからすれば教会を壊すことが勝ちなんだから、その近くで虎視眈々と狙っていると思ったんだが。灯台下暗しとも言うし。
「斬新な意見だな。俺が聞いたところ、ほとんどが地方からじわじわと変えているという意見だったんだが」
そういう手を取る場合はその地方の人達を戦力にするという考えの下でのことだろう。だがな、アルのケースを考えると奴等はもう十分な戦力を得ているだろう。わざわざ地方の力を取り込む必要はない。
さっさと首都を落としてその力を見せつけて地方を服属させるのが1番早いんじゃないか? 実際に首都を落とせば布教にもなるしな。
「それは……もう既にこちら側が詰みかけてないか? アルが捕まっていたことを考える限り、他の聖獣も捕まっている可能性が高いじゃないか。聖獣には隠蔽能力を持つ者もいるんだぞ!?」
まぁ、ギリギリの瀬戸際だと言うことに間違いはないだろうな。マリーネさんが残していた記録にもあった誘拐された聖獣の子供は既に手懐けられているだろうし、無差別に魔獣を捕らえている様だしな。だが、アル達は食糧を集めていたそうだ。奴等はまだ準備に追われているはずだ。やり遂げた後の、な。
「そうか。僅かだが、猶予はあるようだな」
「それに、準備が整って来たあたりで気が緩むんだ。ギリギリの綱渡りになりそうだが、尻尾は掴めるだろ。この資料は持って行ってもいいか?」
「構わん。写しだし、内容も機密ってほどでもないしな。むしろ、注意喚起をしておいてくれ。ぶっちゃけギルドの運営基金は教会からの依頼による金も結構な割合を占めているから今更新しい体系にされると困るんだよ。冒険者が失業なんてことになりかねん」
「非就業者の最後の砦がなくなるのは痛いどころじゃないからなぁ。本当にはた迷惑な連中だ」
じゃあ、もう昼だし戻るわ。と言ってヨシズはギルドを出た。正直、ここで分かったのはヨシズ達が関わってしまった物は1冒険者グループの手に余るということであった。
「……ん? 『神話』? グローリー暦とか、大戦乱前に書かれたものじゃないか。どこで混ざったんだ?」
ヨシズが去った後、執務室に落ちていた書類を拾いマグルスはそう呟いた。