アルジェント
翌朝、我はいつも通りに起きたつもりだが、シルヴァー達はそれはもうぐっすりと眠っていた。もしや、我が時間を間違えたか? だが太陽の位置は昨日と概ね同じだ。シルヴァー達が遅いのだろう。ふん、寝坊助共め。
この調子じゃあ今日はおそらく討伐系の依頼は受けないだろう。我は我で好きに動くとしよう。実はギルマスは会った日のうちに我がこの王都のあらゆる公共警護システムを通過出来る様に設定したそうだ。今腕に着けているこのブレスレットが我が危害を加えることない魔獣であると示していると言っていたな。だから我単独でも街を歩いて良いらしい。だが、そうは言っても無力な街の人を傷付けようとすればすぐにぷろてくとやらがかかるそうだから街中での戦闘は出来ないと見ていいであろう。正当防衛は別のはずだが。
ともかく、今日はあの嫌な感じがした辺りを散策してみるか。まずは腹ごしらえしてからだな。……と言うことで女将よ、何か肉をくれ。代金はシルヴァーあてに。
念話は使っていないぞ。(下手に聖獣だとばれると大騒動になる)
念話を使えないから我の雰囲気を察してもらうしかない。だが、そこは流石やり手の女将である。すぐに旨そうな肉を持って来てくれた。美味である。幸せな味が口の中に広がる。
……うん? なぜか視線が集まっておるな。我に何かおかしいところでもあるのだろうか? 視線が集まっているのは……我の尻尾か。肉が旨過ぎて幸せすぎてつい勢いよく振っていた様だ。この歳にもなって恥ずかしい。
食べ終わると我は邪魔にならない様に子犬姿になって宿を出た。恥ずかしいのを誤魔化すためでは決してないぞ。
少し人通りの多い所を歩くとすぐに我の後ろには人だかりが出来た。前からも人がぞくぞく集まってくる。この街は暇人が多いのか? 一瞬だけ単独で来たのを後悔した。だが対策は立ててある。
「あっ!」「すご……」「あんな所まで登るかよ普通……」
ふふん。驚いたか? フェンリルたる我はこれくらいの建物の屋根に登ることを苦にすることはないぞ。どうだ、盛大に悔しがるがいい!!
心の中で高笑いをあげて屋根の上を走って行く。
一度目の騒ぎはアルが屋根の上に登ったことにより集まったほとんどの人が追いかけるのを諦めたため、すぐに下火になった。しかし、アルの驚くべき身体能力を目にした人々は興奮して話を広める。
そして少し落ち着いてからこう思うのだ。
『ウルフがあんなにトリッキーに動けるなんて聞いたことがないな』
それは、皆がふと思い浮かべた疑問。だが、それを解明したところで何にもならない。すぐに記憶の片隅に追いやられた。
所変わって東街区。ここの1条、2条のブロックは殆どが貴族の屋敷で埋まっている。イルニーク伯爵の屋敷もこの街区にある。
我が不穏な気配を感じたのはどこであっただろうか。シルヴァーと一緒にいたときに感じたからこの辺りで間違いないと思うが……。
そうしているうちに街の隅まで来てしまった。この様な王都では珍しいことに、割と広い空き地となっている。子供達の遊び場であるようだ。
「あ!わんわだ」「わんわ、わんわ」
我に気付いた子供達が駆け寄ってくる。ひぃ、ふぅ、みぃ……5人か。いずれも5、6才に見える。
……チビども、我は犬ではない。撫でるのはいいが、呼び名は訂正してくれ。
我であっても子供に強く出ることはかなわない。この吹けば飛ぶような存在にどうして牙を向けられようか。しばしの我慢だ……。
「シリル、レオ、リジー、メル、ミル、そろそろ戻って来なさい!」
「メルミルのお母さんだ。もう帰らなきゃ」
「「 わんわ、またね」」
メル、ミルと言うのが双子の女の子の名前のようだな。その母親は双子が我を『わんわ』と呼ぶのを聞いて苦笑いをしている。おそらく、我のブレスレットに気付いたのだろう。魔獣用らしいからな。
子供達が離れたのを見て我も立ち上がり背を向ける。
「わんわ、またね……」
名残惜しそうな気配を背中に感じる。振り返り見ているのだろうか。我は尻尾を一振りした。
さて、次はどうしようか。不穏な気配を探すにしても手掛かりがなさすぎる。また来てみるか。シルヴァー達にも伝えるべきか? 日はまだ真上に来てはいない。昼にするにはまだ時間があるが、流石にシルヴァー達も起きているだろう。もしかしたら我を探しているかもしれん。
そこまで考えたところで何か……視線が向けられて……?
振り返るが、背後は所狭しと草が生えている空き地だ。何もないはず。だが、矛盾するが、我が本能的に警戒する何かがあるはずだ。こんな所に一体何があると言うのか。『あれ』関連の事か? だとしても、もう二度と我は油断してあれに囚われることはしない。
手がかりはない。確証もない。しかし、早くに決着をつけねばならぬ。放っておいたらヒトも獣も取り返しのつかない事になってしまう。急いては事を仕損じる。だが、焦らずにはいられない。あの忌々しい首輪に今もなお囚われている者達がいるのだから。
「おっ、アル。やっと見つけた。こんな所まで来ていたのか。何か面白いものでもあったか?」
東街区の1条の通りに差し掛かったとき、シルヴァーとゼノンに見つかった。
『面白いものはない。だが、不穏な気配を感じた』
「アルが不穏な気配だと感じる……? それってかなりヤバいじゃないか」
「不穏な気配? アルがそう言ったの? 兄ちゃん」
『そうだと言っておろうが。聞こえなかったのか? ゼノンよ。……そういえば聞こえないのだったな』
念話が現状ではどう頑張ってもシルヴァーしか聞けない謎。能力の特性上老若男女問わず聞こえるはずなのだが。
「今はアルの声が聞こえているのは俺だけみたいだな。で、話を戻すが、気配はこの街区だったのか?」
『うむ。1度めはシルヴァーとこの辺りに来たとき、2度めはこの街区の奥の方にあった空き地でだな』
シルヴァーとここに来たときに感じていたと知って2人ともどうして言わなかったんだと憤っていた。どうやら何も言わずに1人で調査に向かったことが不満らしい。我1人に危険を押し付けたようで申し訳ないと。
うむ。心がほっこりした。ここ最近まで殺伐とした思考だったから余計に。
「うーん。とりあえず行動を起こすも起こさないもヨシズにも話してからだな。アル、悪いが、念のため単独での行動は控えてくれ。焦っているだろうが、我慢してくれ」
『うむぅ……。だが今もなお囚われている者達がいるのだぞ。焦らずにはいれない』
「それでも、だ。お前だけが彼等の命に責任があるわけではないんだ。いざという時的確に判断出来るようにある程度心に余裕を持つのも大切だぞ」
『善処する』
「絶対だぞ。俺達は誰もお前が犠牲になることを望んでなどいないんだからな。忘れるなよ」
「話もまとまったみたいだし、お昼にする?」
「そうだな。アルも入れる所はあるだろうか?」
「まぁ、食堂通りなら一軒くらいはあるでしょ」
シリアスは続かない。まぁ、手掛かりは無きに等しいからあとは人海戦術に賭けるしかないのは分かっているが、この切り替え方は我も見習うべきだろうか。




