王都8 意外と大事に。
ユーグはBランクの冒険者の中でもトップであり、後少しでAランクに届くだろうとまで言われている。
そのユーグをもってしても話に聞いた魔獣の群れを討伐するのは難しい。魔獣というのは獣よりも厄介なのだ。それが群れを作って襲いかかってくる……絶望的なシチュエーションである。反撃はおろか、逃げれるかも怪しい。
「追いかけられていたという人物は生きているだろうか」
「ん? ああ……普通に考えれば無理だろうな。群れ、だぜ」
「そうね。そこまで多くの魔獣に遭遇したなら大分奥まで行ったということよね。あの森は奥の方は低ランクの冒険者だと簡単に入れないからその人はそこまで実力がない人物ではないのでしょう。でも、余程強いメンバーが揃っていない限り厳しいと思うわ」
「だよな……まぁ、見ないうちからどうこう考えても意味ないな。集落に着くぞ。アイネの森もすぐそこだ。気を引き締めて行こう」
馬車はアイネの森より少し離れた所にある集落まで行く。そこからはユーグ達は徒歩で森まで向かう。
「ここら辺はきっちりしているわねぇ」
「どういうことだ?」
「魔獣が群れて通ったならもう少し跡があるはずよね。それが見られないから件の人物はここまで来てはいないみたい。きっちりしているっていうのは荒らされたような跡も無いってことを言おうとしたんだけど」
「ああ。そう言うことか。お前時々変なことを口走るよな」
「感じたまま話しているだけなのにどうしてかしらね?」
「だからこそじゃないのか? ま、話はそこまでにしておけ。何かが近付いてくる」
森に入ってはみたが特に異常が見られなく、気が緩み始めていた所にユーグの警告が飛んだ。瞬時に体勢を整えた所は流石だと言える。
程なくして少し離れた所の茂みが音を立てて揺れた。
「誰だ? 何だ?」
「ウェアハウスのリーダー、シルヴァーだ。後二人メンバーがいる」
問いかけに答えが返って来た。しかし、向こうも警戒しているのか姿を現さない。稀に賊が出るから理解は出来る。ひとまず魔獣の群れでは無いことに安堵したが、おかしい。
彼等が来たのは森の奥から。魔獣が群れている中こうまでのんびりしているだろうか。もしや、気付いてないのだろうか。まさか、彼等が原因とか?
「俺達は賊ではない。出来れば姿を見せてほしいのだが。俺達は少し下がっていよう」
そう言うと警戒しつつも茂みから彼等は出て来た。先頭にいるのは……ヨシズじゃねえか。こいつがいるならそこまで大きな事にはなっていないはずだ。なにしろソロでかなりの魔獣を狩ることが出来る存在だ。ひょっとすると群れの一部くらいは既に狩っているかもしれない。
声をかけようとしたが、ヨシズの後ろから続いて出て来た人物を見て固まった。正確に言えばその人物の色彩を認識して、だな。彼は銀の虎人であった。群れに追いかけられていた人の特徴に一致する。
俺達の間にまさかという空気が広がる。皆俺が考えたことに同じように至ったらしい。
「ヨシズー。後ろの人は誰?」
「うん? さっき名乗っただろ。こいつがシルヴァーだよ。今俺が属しているパーティのリーダーだ。一応な」
「一言余計だ、ヨシズ。……所でこんな大勢でどうしたのですか? もうすぐ日が暮れますよ」
ブフッッ×3
「なぁ……どこに、笑うポイントが、あった?」
ヨシズの頭を掴み、グッと力を込める。たまたま近くにいたのが運の尽き。
……ゼノンとアルは後で報復してやるからな。覚えてろよ。
「痛ぇ、 頭が潰れる! 吹き出して悪かったよ!」
ヨシズが降参して反省し、ついでにゼノンとアルにも間接的に反省を促した所でおふざけは一旦止める。向こうの表情が優れないのが気になったためだ。
「すまない。ところで、何かあったのか? 表情が優れない様に見えるが。あ、話し方はもうこれでいいか? 俺が丁寧に話すと吹き出すほどおかしいようだからな。」
皮肉を混ぜたがヨシズは笑いかけて、思いとどまったのか「悪かったって……」と言い、頭をさすっていた。しかし、すぐに真剣な表情になった。
「ユーグまでいるとは、そんなに大事があったのか?」
「この森で魔獣が多く発生していると報告があった。報告者は様々に入り混じった魔獣や獣に追いかけられている人物を見たそうだ。そこの…シルヴァー、はこれに関係しているか?」
「……あの狩りの様子、やっぱり見られていたか」
「引きつけた規模が規模だったからね。しょうがないって。シル兄ちゃん」
「と、いうことは、お前達が魔獣や獣をまとめて引きつけて狩った、で間違いないな? 本来、そういったことは周りも危険になるからあまりやって欲しくはない行動なんだが、今回に限っては助かったかもしれん」
「ユーグ、それはどういうことだ?」
「今回のは魔獣の大発生の前兆なのかもしれないということだ。狩った獲物の情報の提出は頼んだぞ」
「ちょっと待てよ。いくら俺達が何百と狩ったといってもまだ残っているのもいるはずだろ。そういうのはどうするんだよ」
それに応えたのはユーグではなくて、彼の仲間の一人、サーマンであった。
「ヨシズー。今回においては完全な情報は望めないものだよ? 面倒臭がりも大概にしてよ。まぁ、念のため僕らも奥まで行ってみるけど、先にそっちで売却がてら確認して行ってもらった方が信用性のあるデータになるはずだよ。というか、何百と狩ったんなら漏れも無さそうなんだけどさ」
ヨシズは嫌そうな顔を隠しもしない。もし、俺達が狩ったものを魔獣の大発生のデータとして提出することになったら売却時に種類、数、その他諸々をギルド職員も多少手伝ってくれるとは言え、俺・達・が!(←ココ重要!)作業することになるからだ。ドルメンでのあの剥ぎ取り作業より面倒臭いことになると予想出来る。
「面倒な……」
「ガンバレ!」
「心のこもっていない応援だなぁ。……ハァ」
シルヴァー達が狩った魔獣は重要なデータになる。もしギルドにサンプルとして提出したのがユーグ達であれば報酬にかなりの色をつけてもらえたのだが、シルヴァー達は調査依頼を受けたわけではないので、例えサンプルとして提出したとしても報酬は出ない。今回のような非常事態では対象の地域で狩ったもので、ギルマスが非常事態だと判断した後に売却されたものは全てデータを取ることが義務付けられている。売却時にデータを自分達でまとめて提出すれば僅かに報酬を増やしてもらえる。が、悲しいことに冒険者は脳筋が多いので報酬増額をチラつかせてもやろうとはしない。しかし、俺達はやる。なぜなら金が、無いからだ。いや、無いというのは語弊があるか。貯金している分がある。しかし、貯金を崩すまねはしたくない。癖になったら困るし。
ギルドに戻って調査依頼を受けたら良いのではないか?
こんな疑問が浮かぶ人も居るかもしれない。しかし、これは不可能である。調査依頼はギルマスが非常事態宣言をした時にたまたまギルド、もしくは街にいた高ランク冒険者に出される。宣言後に街に戻って来たという場合、受けられるのは追調査依頼であり、それを受けても始めに調査依頼を受けた冒険者達が確認した魔獣以外のものの分しか売却時に報酬の上乗せはない。
つまり
ギルマスが非常事態だと認めた
この時俺達は対象の地域にいた
↓
if① : 戻ってサンプルとして提出
討伐報酬はあるが魔獣の売却による収入なくなる。
if② : 売却&データ統計
討伐報酬、売却収入、データ統計の分としてお小遣い程度の報酬。
if③ : 戻って追調査依頼受諾
討伐報酬、売却収入、追調査依頼の報酬、※ データ統計を行った場合お小遣い程度の報酬。
結果、やるなら②。ただ、③はそもそも追調査依頼が出るか分からない。①は論外。宿代でひいひい言っているのにボランティアも同然のサンプルとして提出なんぞ誰がするか。
「ということで、ギルドに戻って頑張ってくれよー!」
「ハイハイ、そっちはそっちで頑張れよ。奥は多分もう少し強めの奴がいるはずだ。……種類は同じだろうが突然変異したようなやつもいるかもしれない。気を付けろよ」
こうして、俺達はユーグ達と別れた。彼等は一応最奥まで行ってから引き返してくるつもりだそうだ。帰ってくるのは明日になると言っていた。
それにしても最奥か……強いだろうなぁ……闘いたいなぁ……きっと、肉も美味いだろうなぁ。じゅる。
「おい………シルヴァー。戻って来い……」
パシンと叩かれる。
「………ハッ! いや、でも最奥ってことは絶対に美味いに決まってる……」
「戻って来てない、戻って来てないよ兄ちゃん。………でも、考えは分かるよね」
わふ《昔は強いものだけを狙って食べたものだ》
「確かに。魔獣は強ければ強いほど美味しいからな。考えはよく分かる」
俺達はしばらく魔獣の美味しさ談義を続けた。が、ツッコミ役がいないので話はどんどん脇道に逸れて行く。あ、魔獣談義自体が脇道か。
「そろそろ現実逃避もやめようぜ」
「「「……ハァ……」」」
ギルドに戻ったら待っている作業が憂鬱すぎて、西日で色付いた景色の中に三つの溜息が零れたのだった。