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アストライト・ジャーニー ~終星の魔女と機械兵~  作者: 天野 肇
プロローグ

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《第三隔壁(かくへき)、破損》

《第七区画、生命反応消失》

《防衛区画、全喪失》

《最終隔壁、突破まで推定312秒――》


 無機質なシステムAIの警告と激しいサイレンの音が観測室を満たす。


 ようやく……、終わるのか――。


 隔壁の向こうで、黒い死神が咆哮《ほうこう》している。

 先ほど降ってきた瓦礫に右の膝下から先を潰され、もう往《ゆ》くことも戻ることもできなくなってしまった。


 崩れゆく天井を視界に映し、私は壁に凭れたまま静かに思う。


 大罪人の最期《さいご》とは、やはり呆気ないものだったと。


 それでもせめて、息の根が止まるその瞬間まで、ほんの僅かな安らぎを得たくて、私は視界が瓦礫《がれき》で埋まる前に、割れた眼鏡を外し、白衣の胸ポケットから折り畳んでボロボロになった写真を取り出す。


「……すまない。君との約束は、もう〝私では〟果たせそうにない……」

 

 実に滑稽な人生だった。


 子供の頃から機械いじりが好きで、この手の中で組み上がり、形を成していく鉄屑たちが愛おしかった。

 自分が生み出す機械たちが少しだけ誰かの笑顔に繋がれば、それだけで良かった。ただ、それだけだったというのに。


 それらはいつしか権力者たちによって利用され、誰かを殺める兵器となった。

 気がついた時には遅く、後戻りもできず、結果、多くの命を踏みにじり、大好きだったものも、愛した人の命さえも、守りきれず、私は失うこととなった。

 呆れるほど後悔ばかり……。


 だが、ただで死ぬつもりは毛頭ない。


 私にはまだやることが、最後の足掻《あが》きをする必要がある。

 足元に転がった薄い板状の端末へ手を伸ばし、血に濡れた指先で操作する。


 画面に一体の機械兵の記録が表示される。


《機体識別:RAIJIN-KG315677》

《分類:対マギア殲滅《せんめつ》用機械兵》

《最終出撃記録:データ破損》

《機体状況:未回収・沈黙》


《胸部中枢内《きょうぶちゅうすうない》、ブラックボックス領域に微弱反応を確認》


 ライジン。


 私が造り直し、育てた──魔法族《マギア》を殺すための機械兵。

 彼は、とうの昔に軍の管理下へ移され、戦場へ送られている。もう私の手の届く場所にはいない。

 だが、私は彼の全てを完全に手放したわけではなかった。

 アクセスするのは、開発者専用のブラックボックス領域。


 誰にも知られていない。軍の監査記録にも残していない。秘密裏に組み込んだ非公式プログラム。


 私だけが知り、私にしか開けられない、小さな扉。

 それを今、開く。


《開発者権限を確認》

《認証者:トート》

《ブラックボックス領域への遠隔アクセスを開始します》


 端末の奥で、古い回路が目を覚ますような低い音がした。


《名称:深層プロトコル》

《警告、本プロトコルは軍の承認外です》

《RAIJIN-KG315677 機体制御領域へ干渉します》

《実行しますか?》


 承認外。その文字を見た瞬間、思わず小さく笑ってしまう。

 私を長い間、人殺しの道具を作る技術者として縛ってきた軍へ、一発喰らわせてやれた気分だった。

 それに加えて、私が最後に遺していくのが、誰にも許されていない“矛盾《むじゅん》”というのもなかなかに滑稽だ。

 震える指で実行を選ぶと、遠くで何かが潰れる音がした。


 隔壁がまた一枚、食い破られたのだろう。

 死は刻々と迫ってくる。

 咳き込み、喉奥に溜まった血を吐き出すと、視界が霞んだ。

 それでも、指は止めない。


《深層プロトコル、起動》

《警告、軍用命令領域の削除は実行できません》


 それならば……。


《軍用命令優先度への干渉を開始》

《自律判断領域を拡張》


 送るのは命令でもなければ、操作でもない。

 規則正しく並んだコードの羅列《られつ》に小さな穴を開けた。

 いわゆる、ほころびだ──。

 

《全処理完了》

《深層《しんそう》プロトコル、待機状態へ移行します》


 文字が表示されると、私は端末を再び床に転がし、握りしめていた写真に語りかける。


 守れなかった人への後悔と、謝罪を──。


 そして、いつか交わした約束を、小さな火種にして、今、確かに託《たく》したことを。


「████、これぐらいしかできずに死ぬ私を、許してくれ」


 その火種は、星の終わりを前にしては、小石を投げる程度の抵抗でしかない。

 だったとしても──、

 彼が、いつかどこかで目を覚ました時。そこに、まだわずかな望みが残っていたなら。

 軍が擦り込んだシステムの言いなりにならず。自分の中に生まれた何かに従って選んでほしい。

 そう、願わずにはいられない。

 後は信じることしかできないけれど。不思議と不安はない。


 きっと人はこれを、希望と言うのかもしれないな。


 鼓膜《こまく》を潰すような甲高い咆哮が天井を突き破る寸前。

 私は口元を緩めて最期の言葉を口にした。

 

どうか、どうか……、

 

「君たちの未来に、幸多《さちおお》からんことを――」


 

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