第1話 轢かれて魔法少女
多分、私はここで死ぬ。
あれが車だとは思えない。
歪んだライトに、うめき声みたいなエンジン音。
補習帰りの夜道、それに轢かれた。
こんなに近くで地面の匂いを嗅いだのは久しぶりだ。
しかし記憶と違うのは、そこに血の匂いが混ざっていること。
左半身の感覚がない。肺も潰れたのか息が苦しくて呼吸のたびに胸が痛む。
見たくないけど見えちゃった。左腕とかもう、グチャグチャだ。
暗くて人通りのないこの道で助けがあるわけないから、痛みにひたすら耐えるしかない。
だんだん意識が遠のいていく。
視界はぼやけ、街頭や星の光が二重になっていく。
私の影が揺れ始めた。
……いや、何かが這い出ようとしている。
影が歪に変形しようとしていた。
もうだめだ。
死ぬ直前は意外と怖くなくなる。
何かが私を包んで、静かに抱かれる感覚に見舞われたからだ。
だから安心して目を瞑った。
「ねえ」
痛いなぁ……。
「ねえ、おきて!」
隣で高い声が響く。声だけ聞くとかなり子供みたいだ。でもやけに肝が据わってる。
まって、なんで生きてるの!?
「うわぁ!」
「わぁびっくりした」
「なんでっ、私さっき死んだんじゃ……」
「そうだね」
強烈な現実感とともに一気に目が覚めた私は声の主を探す。
できる限り頭を左右に振るが、近くにいたのはどうみてもただの人形だった。思わず眉をひそめてしまう。
「てかあんた、なんでぬいぐるみが喋ってるの!?なんか変!」
私がそう言い放ったあと、目の前の子供の声を出す猫?狐?みたいなぬいぐるみは一呼吸おいて、この状況を説明するべく話し始めた。
「キミは死んだ。でもボクが治した。」
「……は?」
「魔法だよ。」
頭の上に「?」がいっぱいの私に向かって、ぬいぐるみはなにか大事な追加情報でも言うようにこう付け加える。
「あと、ボクのことはマスコットみたいなものだと思ってくれて構わない。魔法獣とも言うのかな?」
と、言われても飲み込めない。
しかし地面には血が残っている。僅かに体温を孕んだそれからは、強い鉄の匂いが漂っていた。
それに目の前のぬいぐるみはふわふわで触り心地がよく、なんだか温かい。
これも夢では無さそうだ。
「やっ……やめてよっ、あはははっ……」
「キミっていうか、私はフウカだよ」
「うん、フウカ。いい名前だね。あははっ、くすぐったい」
まんざらでも無さそうなぬいぐるみを解放してあげたあと、私は次の質問をする。
「で、魔法ってなに?」
「魔法は……まあ見た通り。ボクは糸の魔法が使える。」
「それで傷を縫ったってこと?」
「正解!センスあるね」
適当言ったのに当たってるらしい。どう考えても縫って直るような怪我じゃないと思うが、私が今生きている以上嘘だとも言えない。
もしそれが本当なら……。
「魔法が使えたらいいのに。」
そうボソッと呟いた。
「使えるよ」
ぬいぐるみは淡々と答えた。まるでそれが当然であるかのように。
この状況を考えると嘘では無さそうだが、さすがにすぐは信じられない。
事を詳しく説明してもらおうと、姿勢を直して起き上がろうとした。
左手を地面につき、体重をかける。すると私の体は、地面に弾かれたように右側にぺたんと倒れた。
「それだよ、上手いじゃん」
「な、え?なにこれ?」
「今の感じ、風魔法みたいだね」
ぬいぐるみは続ける。
「使い方が分かるなら話は早いね。フウカのことを殺った奴がまだ近くにいるけど、どうする?」
また殺されるのは……痛いし怖い。
でも──
私以外の人もこんな目に遭ってるなら許せない。そいつを止めなきゃ。
「そいつって、他の人もこんなふうに殺してるの?」
「うん。ああいうやつに殺されてる人は大勢いるよ。毎回適当な病気とか事故、災害に改変されてるけどね。」
病気……。脳裏には弟の姿が浮かぶ。
骨が浮き出た、年齢に見合わない小さな手。
棚一面を支配する錠剤。
それを全て忘れさせるような愛らしい笑顔。
もしかしたら、と思ってしまった。
「そいつを倒せば、病気が治ったりするの?」
「本当にセンスがいいね。その通りだよ。」
弟が私と同じ状況にあるとは限らないけど、知ってしまったら放っておけなかった。
「じゃあ改めて聞くけど、どうする?」
「そいつに誰も襲わせない……!死ぬ気で止めてやる!!」
人形はわずかに口角を上げ、静かに、しかしどこか凄みのある感じで言う。
「いいね。いこうか。」




