ep35.星を壊す者
ゲートを抜けた先、ミラの視界に飛び込んできたのは、見覚えのある険しい山並みだった。
吹き抜ける風が草を揺らし、丘の上には――つい昨日、自分たちの手で建てたばかりの、師匠・カイトの墓が静かに佇んでいた。
「……ここ、師匠の山じゃない!」
ミラが低く呟くと、墓標を見下ろす岩場に腰掛けていた女が、クスクスと下品に笑いながら立ち上がった。下着同然の際どい装束に身を包み、両手には凶悪な銀の爪を光らせている。
「あはは! いい場所でしょ? 私は星を壊す者が一人、裂傷のキルケ。大切な師匠の墓の前で、その愛弟子がズタズタに引き裂かれて死ぬなんて……最高にゾクゾクしちゃうわ!」
「……趣味の悪い女。あんたのその汚い笑い声で、師匠の眠りを邪魔させないわよ」
ミラは集中すると、赤く点滅するオーラが立ち昇る。強くなったり、弱くなったりと不安定に脈動するそれは、ミラの昂ぶる感情そのものだった。
「ここがあんたの死に場所よ! 故郷で死なせてやるんだから感謝しなさい」
キルケが猛烈な速度で肉薄し、十本の爪でミラの顔面を狙う。ミラは爪の刃先を直接受けず、キルケの手首や前腕を的確に殴りつけることで攻撃を逸らし、隙を突いては腹や肩に重い拳を叩き込む。
「ちょこまかと……! この雌豚がぁッ!」
「あんたの攻撃、見切ったわ。おばあちゃんや師匠に比べたら、止まって見えるわよ!」
キルケが苛立ち、大振りの一撃を放った瞬間。
ドゴォォッ! と鈍い音が響き、ミラの拳がキルケの両手の爪を真っ向から粉砕した。武器を失い動揺するキルケに、ミラが深く腰を落として踏み込む。
ミラが拳を胸元で握りしめると、彼女の背後に巨大な緋色の太陽のようなオーラが立ち昇った。
「おばあちゃん……見てて。これが、私が見つけた星の守護者の答え!」
ミラが地を蹴り、一気に間合いを詰める。その拳はもはや実体を持たない純粋な炎の塊へと変わり、冷徹な闇を内側から溶かし尽くす。
「冷えた心じゃ、この拳は受け止められないわよ! ――緋星の鼓動!!」
キルケの鋭い一突きがミラの脇腹を貫く。だが、ミラは構わずにその拳をキルケの胸部へと叩き込んだ。
触れた瞬間、心臓の鼓動のようなリズムで炎が連続爆発を起こす。確実な最大火力の衝撃がキルケを浄化の光の中に包み込んでいく。
「が、は……ぁ、あ……こ、こんな……小娘に……」
「……最後にこれだけは言っておくわ。あんたの胸、私よりデカいのが……一番ムカついたわ」
キルケは光の粒子となって消滅し、丘には再び静かな風が吹き抜けた。ミラは傷を押さえながら、師匠の墓を一度だけ振り返る。
「師匠、お騒がせしたわね。……シリウスのところへ行ってくるわ」
ミラは不敵に笑い、仲間の待つ最後の戦場へと駆け出した。
◇
地面も空もない、死にゆく星の光だけが漂う無の空間。
ブラックは闇のオーラを放つ「破壊の剣」を無造作に正眼に構え、シリウスを冷酷に射貫いた。
「……師匠に会ったよ。お前を止めてくれ、と頼まれた」
シリウスの言葉に、ブラックの眉が不快げに跳ね上がる。
「あの二本の剣を持った馬鹿野郎か? 俺に勝てもしないのに止めるなどと……。あいつに俺の国は守れなかった。だから俺がこの手で、引導を渡してやったのさ」
「……黙れッ!」
シリウスが集中を高めると、内側から爆発的な青いオーラが噴き出し、彼の体を包み込んだ。しかし、ブラックが剣を振るうと、その青い輝きがブラックホールに吸い込まれるように、みるみると破壊の剣へと吸収されていく。
「無駄だ。この剣の前では、あらゆる力は無に帰す」
だが、シリウスは止まらない。二本の剣を抜き放ち、カイトから授かった技術のすべてを叩きつけるべく踏み込んだ。
「師匠に教わった九ノ型……すべてを見せてやる!」
シリウスの二刀が、無の空間に鋭い軌跡を描く。
一撃一撃が重力を纏ったブラックの剣と激突し、火花を散らす。本来ならシリウスのオーラを吸い取り、その動きを封じているはずのブラックだったが、次第にその表情に焦りが混じり始めた。
「くっ……うざいな、お前! なぜ動ける!? この剣の力で、お前の小細工はすべて吸い取っているはずなのに!」
「小細工じゃない……。これは、俺を育てた師匠、そして義理の親……俺を生んでくれた親から引き継いだ力のすべてだ!」
シリウスの剣は、もはや単なる魔力ではない。彼が背負ってきた『想い』という名の質量。ブラックの剣は、それを吸いきることができない。
――九つの型、一〇八連撃ッ!!
疾風怒濤の連撃。左右の剣が交互に、時には同時に、破壊の剣の同じ一点を正確に叩き続ける。衝撃波が虚無を震わせ、ついにブラックを背後へと押し戻した。
「馬鹿な……俺が、圧されているだと……!?」
「これで終わりだ!」
シリウスの背後に、精神の具現たる『心の大剣』が浮かび上がる。
二刀でブラックの破壊の剣を強引に押し込み、腰の捻りを加えた一撃でその防御を大きく跳ね飛ばす。
「させるかァッ!」
ブラックは体勢を崩しながらも、破壊の剣を横に構え、必死の守りに入る。
だが、シリウスはすでに高く跳んでいた。
「おおおおおッ!!」
宙空で両手に握り直した心の大剣。
星の守護者としての全出力を注ぎ込んだその刃が、断頭台の斧のごとく垂直に振り下ろされる。
――星冠・心核一刀。
――パキンッ!
静寂の世界に、硬質な何かが砕ける音が響き渡った。
ブラックの命運を支え、彼を狂わせていた『破壊の剣』が、シリウスの一撃によって真っ二つに叩き斬られた。
光の奔流がブラックを包み込み、呪縛の闇が霧散していく。
「……あ……ああ……」
剣を失い、膝をつくブラック。
その瞳から濁った闇が消え、かつての幼い王子の面影がわずかに戻っていた。
「……やっと、届いたんだな」
シリウスは肩で息をしながら、折れた剣を見つめるブラックへと歩み寄った。
「おれは……」
その時、ブラックの折れた剣が闇のオーラを纏い、ブラックを包み込み、巨大な人型の魔物へと姿を変えた。そこに、戦いが終わり、シリウスの様子を見に来た3人が丁度ゲートを抜けて入って来た。
『……我は『星を壊す者』。この宇宙のすべての光を喰らう怨念なり……!』
これこそが、ブラックを操り、師匠カイトを手にかけ、幾多の星を滅ぼしてきた元凶。その圧倒的な闇の圧力に、無の空間が悲鳴を上げ、残っていた星の光さえも次々と掻き消されていく。
「……ここまで来て、引き下がれるかよ!」
シリウスが、二本の剣を構え直す。その時、虚空を引き裂いて三つの影が舞い降りた。
「シリウス! 大丈夫!?」
「ハッ、主役は遅れて登場ってな!」
「お待たせしました」
ミラ、ベガ、スピカ。それぞれの死闘を勝ち抜いた仲間たちが、傷つきながらもシリウスの元へと集結する。四人が揃った瞬間、失われかけていた空間の光が、再び強く輝き始めた。
『小賢しい守護者どもめ……まとめて虚無の彼方へ送ってやるわ!』
『星を壊す者』が、すべてを無に帰す暗黒の奔流を解き放つ。
シリウスは仲間たちを見回し、力強く頷いた。
「みんな、行くぞ! 師匠が、両親が、そして俺たちが信じてきたこの星の力を、今ここで一つにするんだ!」
「「「「おおおおおッ!!!!」」」」
四人の闘志が、極限を超えて爆発した。
シリウスの体から、すべてを切り裂く青いオーラが奔流となって溢れ出る。
ミラの体から、すべてを溶かし尽くす爆発的な赤いオーラが燃え上がる。
ベガの体から、すべてを打ち砕く黄金の稲妻のオーラがバチバチと鳴り響く。
スピカの体から、すべてを癒やし包み込むエメラルドグリーンのオーラが嵐となって渦巻く。
四つの色が混ざり合い、無の空間に巨大な四重奏の光の柱を打ち立てた。その光は闇を押し返し、ブラックホールさえも光の海へと変えていく。
「これが、俺たちの……星の生きる意志だッ!!」
四人が同時に地を蹴り、異形の闇へと突撃する。青、赤、黄、緑の光が螺旋を描きながら融合し、一つの巨大な、脈動する星の輝きへと姿を変えた。
「「「「四人合体技――『星の鼓動』!!!!」」」」
心臓の鼓動のような、ドクン、という力強いリズムと共に、融合した光が『星を壊す者』の核へと突き刺さった。
『な、何だ……この、温かくて……熱い、力は……! 我が闇が……溶けて……いく……ッ!?』
絶叫と共に、異形の闇は内側から放たれたまばゆい光によって、霧散していく。怨念も、憎しみも、絶望も、すべてがその浄化の光の中に飲み込まれ、塵一つ残さず消滅した。
光が収まった後。
そこには、元の姿に戻り、静かに横たわるブラックと、肩で息をしながらも晴れやかな表情を浮かべる四人の姿があった。
無の空間には、いつしか温かな黎明の光が差し込み、新しい星の誕生を予感させるような、穏やかな静寂が広がっていた。




