ep28.それぞれの大国の英雄たち
「はぁー」
ベガは1回戦で、十分な配当金を得ていたようだが、シリウスの素性がばれたため、配当率が異常に下がり、両手を後頭部に回し胸を張り、雲一つない爽快な空を見上げていた。
その横で、ミラは対戦表を指で追っている。
「次の試合がシリウスが次に当たる相手みたいね」
「ああ、どんな相手なんだろうな。しっかりと対策を考えておかないと」
片手剣を持ったしっかりとしたガタイの男が下の舞台の端からゆっくりと闘技場に上がった。一方、反対側には、フードを深くかぶった男が駆け足で舞台に軽々とジャンプし、双方剣を構えている。
「さあ、第一試合の熱狂冷めやらぬ中、続いては! 剣聖、『剛剣のバルト』の登場だぁぁ!! 対するは、数々の魔法使いをなぎ倒して勝ち上がってきた新星、魔導剣士ザックス! 対する相手は剣聖だ! 魔法よりも剣を極めた男だ! さあ、魔導剣士ザックスが新たな歴史を刻むのか!」
剣聖バルトの腰にはしっかりとした剣が鞘に納められていた。彼が携えているのは、銘もない一振りの鋼鉄の剣。魔法銀も魔石の装飾もない、ただの鉄の塊だ。対するザックスは、全身に幾重もの魔力を纏わせ、数多の強化魔法を自分に重ね掛けしている。その周囲には、自動防御を司る複数の魔導ビットが浮遊していた。
「剛剣のバルト……。アンタの伝説もここまでだ! 俺の『多重魔法障壁』と『高速振動剣』を突破できる奴はこの世にいない! お前の強力な物理反射の魔法障壁を突破するという歴史的な一撃は俺には通用しないさ」
ザックスが吠え、地面を蹴った。
魔法で加速されたその踏み込みは、もはや人間の動体視力の限界を超えている。大気を切り裂く高周波の駆動音と共に、一撃がバルトの喉元へ殺到した。
「――浅い」
バルトは動かない。避ける動作すら見せず、ただ、剣をわずかに正中線へと戻した。
それはスキルでも魔法でもない。何万、何十万回と繰り返された、ただの『正眼』への回帰。
キン、という短い音。
衝突の瞬間、ザックスの表情が凍りついた。バルトの静止した刃に触れた瞬間、激しく振動していたはずの魔法剣が、まるで初めからただの棒だったかのように沈黙したのだ。魔法の供給が断たれたのではない。バルトの刃が、魔法という不安定な事象を繋ぎ止める『核』を、物理的な点のみで穿ったのだ。
「なっ……!? 俺の魔法を……斬っただと!?」
「魔法とは、現象を固定する意志の力。その『芯』を断てば、ただの霧に等しい。……理の通らぬ剣など、俺には届かん」
バルトの声は、地響きのような喧騒の中でも驚くほどはっきりと響いた。
焦ったザックスは、跳び退きながら距離を取る。その背後の魔導ビットが一斉に発光し、広範囲を焦土に変える極大の爆炎魔法――その術式が舞台上に展開された。
「焼き尽くせ! 逃げ場はないぞ、獄炎の――」
「遅い」
バルトが踏み込んだ。
それは魔法による縮地でも、スキルの加速でもない。筋肉の収縮、重心の移動、そして一分の隙もない足捌き。ただ純粋に「歩む」という行為を極めた者が辿り着く神速。
一瞬で間合いを殺したバルトの手元で、鋼の剣が揺らぎを消した。
放たれたのは、何の変哲もない、しかし極限まで磨き抜かれた一刀――『唐竹割り』。
パァァァァァン!!
爆炎が解放されるコンマ数秒前、バルトの剣が練り上げられた魔力の渦そのものを縦一文字に両断した。
具現化しかけていた炎が、まるで見えない断層に阻まれたかのように左右へと霧散していく。熱気すらも、その一刀の冴えによって切り裂かれ、バルトの周囲には涼やかな風さえ吹いていた。
「バ、バカな……! スキルも使わず、詠唱中の魔力そのものを物理的に斬るなんて……!」
ザックスが戦慄し、腰を抜かして後ずさる。
目の前の男は、魔法という奇跡が支配するこの世界で、ただの鉄と己の腕一本を頼りに、世界の法則そのものをねじ伏せている。魔法剣士という混ぜ物が主流となったこの国で、それはあまりにも異質で、圧倒的な『剣士』としてのあかしだった。
「剣とは万象を断つもの。お前の魔法は、まだ紙より脆い」
バルトの剣先が、震えるザックスの首筋に静かに据えられた。
切っ先からは魔力の波動など微塵も感じられない。だが、その冷徹な鉄の重みが、どんな極大魔法よりも確実に死を予感させた。
「……参ったと言え」
「っ……、あ、ああ……。参った……俺の負けだ!!」
審判の声が響き渡る。
「勝者、剛剣のバルト!! 圧倒的! 魔法という概念そのものを、一振りの鋼で切り裂き、指一本触れさせずに決勝進出だぁぁぁー!!」
観客席で見守っていたシリウスは、背筋に走る戦慄を隠せなかった。
「……あれじゃ対策も何もないな。すごい鍛錬を積んでいる経験豊富な剣士ってことしかわからなかった。俺の師匠直伝の対人戦だろうが子供のころから鍛錬をしているんだ。自分の実力をここで確かめ、より実践経験を積めるいい機会だ。できるだけ上に行けるように努力しないと」
「……シリウス、頑張ってね。応援しているわ、見て、次は魔法剣士の一番強い人が出るみたいよ!相手は、魔導士みたいね。どちらも優勝候補よ!」
ミラが次の対戦相手を指さした。
「……魔法剣士の強さでも拝ませてもらおう」
「さあ、準決勝第二試合! 泣いても笑ってもこれが最後、決勝への切符をかけた運命の一戦だぁぁ!!」
実況の声が、割れんばかりの手拍子にかき消される。
「まずは! この名を知らぬ者はこの国にいない! 魔法大国が誇る至宝、若き天才魔導士『蒼炎のセレナ』だぁぁ!! 彼女の操る冷たき炎! その炎は冷たい氷の炎だ! 今日もその圧倒的な魔道で、挑戦者を絶望の淵へ突き落とすのか!?」
セレナが静かに舞台へ上がると、観客席からは地響きのような歓声が上がる。対する入り口からも、一人の男が姿を現した。
「対するは! この国にその名を轟かせる不屈の男、『魔導騎士カイル』!! 魔法と剣、相反する二つの力を極限まで研ぎ澄ませた、まさに戦場のマエストロだ! 理を操るセレナか、理を切り開くカイルか! さあ、世紀の一戦が今、幕を開ける!!」
「始めッ!!」
合図と同時に、セレナが杖を掲げる。
「『蒼界の帳』――凍てつきなさい」
瞬間、闘技場全体が濃密な魔力の霧に包まれた。ただの霧ではない。触れるものすべてを瞬時に凍結させる、死の氷霧だ。視界は完全に遮断され、観客には白い闇しか見えない。
「無駄よ、カイル。この霧の中では私の『物理反射』を抜ける術はないわ」
霧の中からセレナの冷徹な声が響き、同時に四方八方から蒼い炎の弾丸がカイルを襲う。だが、その白い闇の中で、カイルは不敵に微笑んだ。
「……それはどうかな。――『氷晶鏡』」
キン、という硬質な音と共に、カイルの周囲に無数の鏡が出現した。
セレナの放った蒼炎が鏡に触れた瞬間、あべこべな方向に反射され、逆にセレナを包囲するように弾け飛ぶ!
「自分の魔法を反射させた!? ……いいえ、そんな小細工で私に届くとでも?」
セレナは正面から突っ込んでくるカイルの影を捉えた。鏡の屈折を抜け、大剣を振り下ろそうとするカイル。セレナは物理反射の障壁を最大出力で展開し、迎撃の魔法を叩き込む!
「そこよ、消えなさい!」
ドォォォォン!! という衝撃音と共に、カイルの体が霧散した。
……いや、砕けたのは「鏡」だった。
「――勝ったな」
冷ややかな声が、セレナの真後ろ、わずか数センチの距離から響いた。
彼女が振り返る間もなく、首筋には鋭い鋼の感触が走り、動きが止まる。
霧が晴れた舞台。観客が見たのは、最初から一歩も動いていないカイルと、その隣に配置された一枚の鏡だった。
霧が発生した直後、カイルは自らの氷適性を利用して「光を屈折させる鏡」を術式で配置。正面にいるように見えたのは、鏡に映ったただの虚像。本尊は霧に紛れて背後に回り込み、鏡の反射を利用して「目の前にいる」という錯覚をセレナに植え付けていたのだ。
「……見事ね。物理反射を誘い、その意識の隙間を『光の反射』で抜いてくるとは。……してやられたわ」
セレナは杖を収め、潔く負けを認めた。
「勝者、魔導騎士カイル! まさに魔導の極致! 鏡と霧の迷宮を作り出し、一歩も触れさせずに最強の魔導士を制したぁぁぁー!!」
観客席のシリウスは、その鮮やかな手際に思わず唸った。
「……うまいな。上から見ていれば仕組みはわかるが、あの極限状態で一対一だったら、俺も危なかった。……氷の適性か。あの鏡の使い道、俺も使えるのか……いや、俺には無理そうだな。まあ、なんども使ってくることはないだろう。よっし準決勝だ行ってくる」




