ep22. 言の葉(ことのは)に宿る恒星
魔法大国の城門。その分厚い石壁の影に腰を下ろし、俺は一人、夜明前の一番暗い時間帯をやり過ごしていた。
先ほどまでの死闘が嘘のように静まり返った世界で、エルヴァスを討った。その事実は、この世界の因果を確かに書き換えたはずだ。
遠く、草原の地平の向こうから、空気を切り裂くような鋭い駆動音が響いてきた。音に合わせてシリウスは立ち上がり、音のする方へとゆっくりと歩き出した。
「……早かったな」
闇を割って現れたのは、見慣れたミラの愛車……のはずだった。だが、そのシルエットは俺の記憶にあるものとは似て非なるものに変貌していた。
本来、四人がゆったりと跨がれるはずの重厚な車体は削ぎ落とされ、今は二人乗りの、より軽微なフォルムとなっていた。
バイクが俺の目の前で急停車し、タイヤが石畳を激しく鳴らす。
「よお、シリウス! やりやがったな」
「おまえが間に合ったからアイツら消えたんだろ? 結構あぶねぇとこだったんだぜ」
ミラの後ろの後部座席に横に座っていたベガは地面にサッと飛び降りた。
「ああ、そのことなんだが……」
「実は間に合わなかったんだ――先に剣士の国の王子を救ったことであいつ《エルヴァス》が事を急いだみたいだ」
「はっ?」
「奴は倒したが、王女は殺されてしまった。今は、葬儀の準備で城内は慌ただしい」
「それにしても、ミラ。そのバイクどうしたんだ?」
俺の問いに、ハンドルを握るミラがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「バイクの外装だけ壊されたけど、エンジンは鉱石で加工してあるから外装を少し調整すればこの通りよ。あのバイク広くて傑作だったのに……」
ミラはすぐさま腕のアイテムボックスのリングにバイクを収納した。
「それにしても、お前よく追いついたな。このバイクでもこの草原全部で半日はかかる距離だぞ!」
「あのバイクは、4人乗りだからこの2人乗りになったバイクよりは遅いけど。そうね。このバイクより早く移動しないと、朝になっている時間だと思うわ」
「必死だったからよく覚えてないな」
「シリウスが氷を滑って消えていった時の青い光の速度を計算すると……。このバイクより早いわ」
ベガが驚愕の顔を浮かべる。
「ミラ、お前見てたのか!? こいつ黒猿とずっとやりあってたんだぜ! 頭吹き飛ばしても、小一時間位したら動き出しやがって。顔がねぇのに殴ってきやがった、俺が助けなきゃどうなってたか」
「その後。空中で体を覆っていた光が突然消えやがった。ミラのクッションで何とかなったが、危なかったぜ」
「あのよくわからない力には頼らない方がいいだろうな、てかベガおまえ飛んでたよな」
「だな」
「はははっ!」
「私のバイクにも追い付いてたし、乗り物いらないじゃん」
俺とベガが笑い合っているなか、ミラが、お腹を押さえながら言う。
「そういえば、お腹すいたかも……」
「それにしても、どこからあんな怪力がうまれるんだ?」
「えい!」
ミラが拳を前に突き出して見せた。その腕は女の子の腕だった。
「はははっ。とりあえず飯にしようか。食事の場所は決めてある」
そういうと、シリウスは城門へと歩き出した。
そこに、城の魔術師が駆け寄ってくる。
「シリウス様、王女の葬儀には参加されますか?」
「すまない。その事なんだが、これから仲間と少し話し合いをしたいんだ」
俺が兵士に返答していたところに、ベガが割ってはいる。
その背筋はいつになく伸び、声には凛とした威厳が宿っている。
「兵士よ、すまないが……国王陛下へ伝言を頼みたい」
兵士が戸惑いながらも跪くと、彼は静かに、だが丁寧に言葉を紡いだ。
「王女セレスの件、そしてこの度の混乱……守りきれず、多大なる心配をかけたことをお詫び申し上げます。最悪の事態は免れました。どうか、心安らかにお休みください。俺達はこれからやることがある。悪いが参加することはできない……と。伝えてくれないか」
その完璧な礼儀作法と、王への深い敬意。
それを見ていたシリウスとミラは、固まったまま目を丸くしていた。
「……え、ちょっと待て。お前、今の喋り……」
シリウスが指をさしたまま絶句する。
ミラも、いつもの無表情が崩れ、口を半開きにして呆然としていた。
「…………王子……だったの……? ほんとうに?」
少年は苦笑いしながら振り返り、少しだけ照れくさそうに頭をかいた。
◇◇◇◇ 回想 城内にて……
「未来から来たとは、到底信じがたい話だが……信じずにはいられまい」
玉座の間。重苦しい沈黙の中、王が絞り出すように声を漏らした。
その傍らでは、セレスが俺の紋章を見つめている。
「おぬしの迷いのない行動、そしてその紋章に刻まれた重み。……何より、側近として信頼していたあやつが、あんな醜悪な魔物だったとはな」
王は、床に広がる黒い霧の残滓――つい先ほどまでエルヴァスだったもの――を忌々しげに睨みつけた。そして、床に横たわる、物言わぬ王女の亡骸へと視線を落とす。
「……本来ならば、救世主たるおぬしを盛大に祝わねばならん場だが。見ての通り、今の私にはその資格も余裕もない」
「お言葉、痛み入ります。……陛下、どうか今は王女様の側に。私は、共に戦った仲間たちがここへ向かっています。彼らを迎えるため、ここで失礼させていただきます」
二人は、俺に背を向け、暗い王宮の奥へと消えていった。救ったはずの未来。だが、エルヴァスを消し去っても、失われた命が即座に戻るわけではない。書き換わった歴史の断片は、あまりに重く、冷たかった。
◇◇◇◇
「さて、作戦会議だ」
運ばれてきた温かい食事にも手をつけず、シリウスは両肘をテーブルにつき、静かに切り出した。
「……俺から提案がある。この救えなかった過去をもう一度変えるために過去のゲートへもう一度入ろうと考えている。どの時点に戻るのか想像がつかないが、同じ時間に戻れたとしても、この時間だとしても変えれるなら変えられる可能性を信じたいんだ」
その言葉に、ベガが身を乗り出して食いつく。
「おれは、おまえらについていくぜ。それに、この国同士が協力して成長した、魔法剣士の国ってやつも見てみたいしな」
「そういえば、ゲートのことなんだが……お前を待たずに、先に一度帰って休もうとしたんだ。俺とミラが通ってきたはずの場所に、ゲートがどこにも見当たらなかった」
「…… なかったって、どういうことだよ。消えたのか?」
俺が困惑して声を荒らげる中、ミラが手元のデバイスを操作しながら、感情を抑えた声で補足した。
「……おそらく、シリウスが持っているペンダントの力だと思うわ。あの光の謎の力もね。いつも何かの時にトリガーのようにそのペンダントが光ってたし、それに、シリウスがゲートを初めてみたのもペンダントを貰ってからでしょ」
俺は、胸にある光を失ったペンダントを見つめた。
「私もシリウスの意見に賛成よ。あの猿にはお仕置きが必要だわ。私の傑作を壊した罰よ」
「それに、デバイスにこの国の時間軸はすべて記録してあるわ。何日の何時という日時を把握できるわ。何日の何時の時間帯に戻れるのか。それとも、この歴史はもう変えることができないのか。ハッキリわかるわよ」
「次の行動には賛成だが、この国へ来てからずっと戦闘ばっかで死なない倒しても涌き出てくるアイツらには流石に疲れたぜ」
「そろそろ、ぐっすり寝たいわ」
「そうだな一度戻って、しっかり休もう。準備を整えてから、もう一度ゲートを潜って過去へ行こう。時間がわかればいつのタイミングなのかがハッキリする」
「……フッ、そうだな。こっちで寝てる間に襲われたら貯まったもんじゃねぇからな、向こうなら襲われる心配がない」
ベガがようやく毒気を抜き、冷めかけた食事を口に運ぶ。
「私のバイクも再調整する時間も少しほしいわ」
ミラもパンとスープを口に運ぶ。
俺もスープをスプーンにのせ口に運びパンに食いついた。
「よし。決まりだな」
三人は、ただ帰るのではない。
ハッピーエンドを掴み取るために、一時的な撤退を選んだ。
俺たち三人は、再び魔法大国の巨大な城門の前に立っている。
太陽は真昼の位置へと移動しようとしていた。
空は雲ひとつない快晴だった。
「……さあ、行くわよ。準備はいい?」
「ちょっと狭くないか?」
「贅沢いわないで。シリウス、しっかり捕まって! 飛ばすわよ。振り落とされないでね」
普通の二輪バイクの座席に連なり、3人が座席に縦に並ぶ。シリウスは引き締まった細いミラの腰をつかまなければならないという状況に戸惑っていた。ベガは何食わぬ顔で、後部座席でパイプをつかんで、優雅に横に座っていた。ベガはシリウスの心のうちを確認し、少し前に詰めシリウスをミラと密着させようと後ろでニヤニヤと企んでいた。
「シ・リ・ウ・ス! 早く! しがみついて!」
「わ、わかったって!」
俺は慌ててミラの柔らかい胸の唐突に両手でしがみつき、腕に力をいれる。疲れもあったからか、掴みやすい尖っている部分に無意識にしがみついた。
ミラが肘でシリウスをつついた。
「そこじゃない! お腹! 鍛えてるから強くしがみついても大丈夫」
慌てて、引き締まったミラのお腹に手を移した。ミラが吐き捨てるように呟きながら加速する。
「シリウスのエッチ!」
ベガは後部座席でニヤニヤと笑いをこらえる。かすかにこらえきれない笑い声が響く。
「クククッ」
俺の手には確かな大きさの柔らかいものの感触が残っていた。
目の前に広がるのは、朝日を浴びて輝き始めた大草原。
俺たちは修復された座る座席が少しだけ広い2人乗りのバイクに優雅に座り、元いた場所へと向かうのだった。
「そうだ、変な温泉しかないゲートがあったよな、あそこに行かないか?」
「まずは宿屋だ。その後にでも行こう」
「水着も必要になりそうね。向こうは夜だろうから、眠った後、市場で買い物してから行くわよ!」
真昼。走行するバイクのタイヤの音が、静かな草原に響いていく。




