ep15.魔法大国へ ―隠された牙―
シリウスは表情を引き締め、革命軍のリーダーのもとへ歩み寄った。
「リーダー、頼みがあるんだ。俺たちは三年前の事件の真相を詳しく詳細に知る者に接触したいんだが……」
全てを言い終わる前にリーダーが口を挟んだ。
「各事件の現場にいて、一番詳しい奴は、この解放軍のサブリーダーを勤めている。ここにはいないが、丁度、魔法大国への解放へと今、新しい情報をつかんだところだ」
魔法大国と剣士の大国、それぞれの内情に詳しくて、聞き込みができるメンバーを紹介してくれないか? 詳しく事情を知りたいんだ」
この革命軍に集まった人々と同じく、事件に不審を抱き、真実を追うための「鍵」となる人物。シリウスの瞳には、心優しい青年の、強い意志が宿っていた。
「丁度、俺たちのメンバーが魔法大国の情報をつかんだ。おまえたちも付いてくるか?」
「ああ、一緒に参加させてもらおう」
「こっちだ」
深い森の奥、革命軍の拠点を包む朝霧が、出発の時を静かに告げていた。
「いいか。ここから先は『魔法大国』の監視網を抜ける潜入任務だ。既に潜入している俺の副官……元宮廷魔導士長のセレスと接触してもらう」
リーダーはそう言うと、三人の顔を一人ずつ見据えた。
「彼女は今、魔法大国の首都近郊で、内情を調べ上げ潜入の準備を完璧に整えている。――どうだ、ついてくるか?」
「ああ。もちろんだ」
シリウスが力強く頷く。ベガも大剣の柄を叩いて不敵に笑い、ミラは自作のデバイスをチェックしながら静かに頷いた。リーダーは満足げに肩を叩く。
「よし。……だが俺はここで軍全体の指揮を執らなきゃならん。ここから先はセレスの指示に従え。くれぐれも気をつけろよ」
三人が踵を返そうとした、その時だった。リーダーが厳しい声で呼び止めた。
「おい、待て。……まさかその『剣』を持っていく気か?」
リーダーが指差したのは、ベガが背負う身の丈ほどもある大剣と、シリウスの腰にある星の剣だった。
「当たり前だろ。これがなきゃ戦えねえ」
「ダメだ。悪いが、その剣はここに置いていけ」
ベガの言葉をリーダーが即座に切り捨てる。
「魔法大国で剣を持っている奴なんてのは、歩く死体も同然だ。一瞬で見破られて処刑される。潜入するなら、お前らは『無害な旅の魔術師』でなきゃならん。剣士の誇りは捨てろ、俺が見たところ、教えた魔法で十分お前たちなら戦えるはずだ」
「……っ、冗談だろ!? 」
ベガが必死に抗議するが、リーダーの目は真剣だった。シリウスも沈痛な面持ちで自分の剣を見つめる。剣を置くということは、最大の武器を失うということだ。
「あ! そういえば」
重苦しい沈黙の中、ミラが気まずそうに、自分の指先で輝くリングを弄りながら口を開いた。
「……ねえ。これを使えばいいんじゃない? 『アイテムボックスのリング』。生き物以外なら何でも空間に収納できるわよ。もちろん、そのデカい大剣も、シリウスの剣もね」
場が、凍りついた。
シリウスとベガ、そしてリーダーの視線がミラの指輪に集中する。
「あるなら、もっと早く言ってくれよ!」
「出すタイミングがなかったの! はい、これ」
ミラはアイテムボックスからシルバーのリングを2つ取り出し、2人に渡した。
「おいおい。お前のリングじゃなくて、俺用のがあるならもっと早く出せよな!」
「これで、使いたいときに瞬時にばれずに取り出せそうだね。覚えたての魔法だけで戦うのはきつそうだし」
何はともあれ問題は解決した。二人はミラのリングを腕にはめ、愛剣を虚空へと飲み込ませた。
三人はリーダーに深い帽子付きのローブを貸し出してくれた。
魔法大国の国境付近。そこは、アストライアののどかな風景とは一変していた。
空は不自然なほど紫がかった魔力の粒子が舞い、巨大な虹色の障壁が地平線を区切っている。
「……空気が、重いわね」
ミラが眉をひそめる。検問所に並ぶ人々は皆、感情を失ったような顔で「魔力登録証」を提示していた。
「あいつが、セレスか?」
ベガが目配せした先、検問所の影に立つ一人の女性がいた。
深い紫のローブに身を包み、鋭い眼光を放つ美女――セレスだ。彼女は三人に気づくと、微かに顎を引いて合図を送った。
彼女の手引きで隠し通路を通り、三人は魔法都市の内部へと足を踏み入れる。だが、そこでシリウスが見たのは、かつての「魔法の栄華」ではなく、国民から魔力を絞り取り、巨大な兵器へと注ぎ込む歪んだ独裁国家の姿だった。
「……酷いな。これが、今のこの国の『現況』か」
シリウスが低く呟いた時、街の中央に立つ巨大な時計塔から、聞き覚えのある声が響き渡った。
『――迷える子羊たちよ。真の救済は、この戦いの果てにある』
街中の大型魔導スクリーンに映し出されたのは、白装束に身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべる一人の男。
監視モニター室の重苦しい空気の中、シリウスたちは言葉を失っていた。
三年前のあの日、魔法の王女と剣士の王子が結ばれ、両国が手を取り合おうとしていた「平和の象徴」としてのエルヴァス。しかし、モニターの向こう側にいるのは、その欠片も感じさせない冷酷な支配者の姿だった。
「……ありえない。エルヴァス様は、誰よりもあの二人の結婚と、両国の平和を願っていたはずだ。三年前のあの悲劇を、一番悲しんでいたのはあの人だったはずなのに!」
シリウスの叫びに、セレスが氷のような眼差しを向ける。
「……そう。三年前、あの二人が殺されたあの日から、彼は変わってしまった。……いいえ、あるいはあれこそが、彼が望んでいた結末だったのかもね」
セレスはモニターを操作し、さらに城の深部の映像を映し出した。そこには、国民には決して見せない「聖者」の裏の顔があった。
「私は当時、彼の最も近くでこの国を支えていた。彼が悲劇に打ちひしがれ、平和のために尽力していると信じて疑わなかったわ。……けれど、私が目撃したのは、彼が悲劇の『真相』を隠蔽し、異を唱える者たちを次々と消していく姿だった」
「真相を隠蔽……? どういうことだ!」
ベガが詰め寄る。
「あの事件で亡くなった王女と王子の魂を、彼は救おうなんてしていなかった。彼はその死を利用して、国民の憎しみを煽り、魔力を吸い上げるシステムを構築したのよ。……私が王女を殺した現況の調査と、おかしい装置について調べようとした瞬間、彼は私を『国賊』に仕立て上げ、追放した」
セレスが唇を噛み締める。その視線の先で、映像の中のエルヴァスが若い魔導士の頭に手を置いた。
「――っ、やめろ!」
シリウスの静止も虚しく、エルヴァスの掌から黒い泥のような闇が溢れ出す。
絶叫。そして、少年の肉体が異形へと捩じ切れていく。
かつて平和の架け橋になろうとした聖者が、今は魔物を作り出す工場主へと成り下がっていた。




