表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
30/58

第29話 牙の誇り


木漏れ日が道に斑を落とす。

エルフの森を抜け、獣族の領域に入る。見覚えのある景色が近づくと、見張り台で角笛が鳴った。


「戻った! シェアラ達ニャ!」


猫族の見張りが叫び、村から出迎えの面々が駆けてくる。

最初に飛び出してきたのはシガだった。


「コール……無事か。」

「なんとか、な。報告がある。族長連中を集めてくれ。」


ほどなく広場にシラヴァ、グルド、レアナ、各一族の戦士たちが集まる。

焚き火跡を囲む輪の中央で、俺は息を整えて口を開いた。


「北の倉庫に、エルフが囚われていた。それを助けて森へ返した。

 ……それから、“答え”をもらってきた」


ざわめきが走る。レアナが一歩前へ出た。

「答え……つまり、我らが出した使者への返答か?」


「あいつら曰く、『森はどちらにも加担しない』だとさ。

 恩は忘れないが森は森のまま、らしい。腰が重い連中だ」


シェアラが呆れたように肩をすくめる。

沈黙が落ち、グルドが唸った。


「中立、か。つまり矢も盾も貸さぬ」


「“貸さない”んじゃない、“持ち出さない”。

 あいつらなりに家を守るやり方だ」

俺はそう言って続けた。

「それと、もう一つ。獣族の捕らわれは残ってない。奴隷の盾は消えた。お前らは遠慮なく動ける」


その言葉に空気が変わる。

若い戦士の背筋が伸び、息が深くなる。

シガが前に出て、短く問う。


「……方針は」


「人間の国はもう動いてる。待ってはくれねぇ。

 “先に打つ”か、“来るのを受ける”か――お前らが選べ。」


シラヴァが頷き、焚き火の灰を足で払った。

「掟に従って決めよう、牙を閉ざすものは!」


シラヴァの言葉に皆が沈黙し、それのあと再び問が行われる。


「では、我とともに狩りを共にするものは!」


今度は一斉に武器や爪が掲げられ、咆哮が上がる。

やり方は決まったらしい。

審議のあと、シラヴァが族長たちの方を向き、会議の輪ができる。


「レアナ、街道の様子は」


「北東の丘陵に見張り台三つ、黒旗を掲げてる。

 南の補給列も動き続けてる。増援の前駆と思われる。」


「なら、決まりだな。」

グルドが腕を組む。

「我らは北西へ回り、補給を潰す」


俺は地図の前へ進み、木の板に刻まれた線を見つめた。

北に人間の街、南に森、左に丘と谷、中央に街道の分岐。


「布陣はこうする。」


シラヴァが指先で中央を叩く。

「熊を主軸に中央を厚く。左の谷道を落として補給を止める。

 狼と猫は右。森の縁を伝って見張り台を潰せ。

 報せを断てば奴らの首はより締まる」


シガが短く頷く。

「……了解」


グルドが低く笑う。

「腹を空かせた兵は牙を持たぬ。ちょうどいい狩りになる」


俺は指で地図の中央後方を叩いた。

「船はここ。丘の影で待機させる。……もっとも、今は“寝てる”がな」


シラヴァが目を細める。

「寝てる?」


「力が枯れてる。立て続けに暴れたからな。

 今は陽を吸わせて回復中だ。動かせば飛べるが、長くは保たねぇ」


沈黙。

シラヴァが短く息を吐く。

「つまり、あの人間を吹き飛ばした力は期待できん、というわけだな」


「そうだ、肝心な時に使えなくて悪いが、

 今は俺も影の化け物に変身できる状態じゃねえ、すまんな」


「謝るな…もとは我らの戦いだ。お前はよくここまで導いてくれた。

 今は“地上”で勝つ。船は、最後の一撃かここぞの時に取っておく」


シガは俺をまっすぐ見てそう言ってくれたが、少し周りには戸惑う空気が残っている。

その後レアナがにやりと笑う。

「その“最後”ってのは、王都をぶっ飛ばす時かしら?」


「ほう、美人さんは派手なのがお好きかい? ご希望とあらば」

俺がいつものように軽口で返すと、周りの緊張が少しだけほぐれた。


シラヴァが腕を組む。

「熊が押されれば中央に戻す。お前の船は状況によっては右へ寄れ。だが中央を割らせぬこと、それが要だ」

「あいよ、いざとなりゃぶちかますさ」


そして続いて再びレアナが口を開いた。

「合図はどうする? 角笛は遠くまで届かぬ」


「……“声合わせ”で知らせよう」

シラヴァが言った。

「一声は夜襲、二声は熊の後退、三声は船を呼ぶ」


俺は眉を上げた。

「三声?」


リュカが笑って答える。

「狼族の合図、声の高さと間で意味が変わるんだ。私とシアなら聞き分けられる」


シアも頷いて言った。

「人間の笛よりずっと遠くまで響きます。風に乗れば、丘の向こうでも届きますので」

「そりゃ頼もしいな」


俺は息を吐き、笑って肩をすくめた。

「遠吠え三つ、空が牙をむくってか…悪くねぇ」


焚き火の火花が夜風に散り、群れの影が揺れる。

戦の気配は、すでに空気の中にあった。


シラヴァが立ち上がり、地図を見渡す。

「よし。方針は決まった。

 狼と猫が先行、熊が補給路を断つ。

 空のコールは温存、地上の牙で狩る。

 各一族、明朝までに部隊を整えろ。

 女と子は洞窟地帯へ避難、戦えぬものは退かせる」


「応!」

その声に、獣たちが一斉に動き出した。


残った焚き火の光が、戦の始まりを照らしていた。

獣の影が長く伸び、地面に重なる。

その中央で、俺はシガ、シラヴァを見た。


「……夜が明ける前に、話がある。

 お前ら、少し付き合え」


二人は一瞬視線を見合わせ、頷く。


焚き火の残りが、ぱちりと音を立てた。

夜は深まり、空の端がわずかに白む。

風が冷たく、焚き火の熱が指先で消える。


俺はシガとシラヴァを連れて、村外れの丘へ出た。

足元に湿った草の匂いが漂う。遠くで獣の遠吠えがこだまする。


小さな焚き火を起こし、三人で円を描くように腰を下ろす。

火がぱちりと弾け、夜気の冷たさをほんの少し追い払った。


「……呼び出してすまんな」

「お前がわざわざ我らを呼ぶのだ、構わん」

シラヴァが短く答える。

シガは無言でうなずき、腕を組んだまま夜空を見上げていた。


しばらく誰も口を開かない。

遠くで村の焚き火が一つ、風に消える音がした。


俺は息を吸い、静かに切り出した。


「……なあ、シガ。お前らは、明日…人間を、皆殺しにするつもりか?」


シガが目を細める。

シラヴァの眉がわずかに動いた。


「……どういう意味だ?」


「街には、子供もいる。俺らを逃がしたスリのガキもな。盗みしか知らねぇ小僧だが、腹は減るし、寒けりゃ震える。 そいつらまで斬るのか?って聞いてる」


沈黙。

夜風が二人の髪を揺らした。


シラヴァが低く言う。

「人間の国は敵だ。俺たちは、群れを守るために戦うのみ」


「それはわかってる。だが“敵”と“殺す相手”は、同じじゃねぇ」


俺は地面に視線を落とした。


「俺のやり方…さ。縁のある者を見捨てるのは、俺にはできねぇ。

 たとえ種が違っても、俺を知り、俺が知ってる奴らの死は、許せねぇ」


火の粉が舞う。

シラヴァが腕を組んだまま、静かに言った。


「お前の言葉は理解できる。だが我らもまた、長く奪われてきた。

 爪を折られ、牙を抜かれた者たちもいる。今度は奪い返す番だ」


「奪い返すことと、焼き尽くすことは違う」


俺は顔を上げる。

「だから聞いてる。お前らの“誇り”は、どこにある?」


沈黙が続く。

風が草をなで、焚き火が小さく揺れた。


シガが、ゆっくりと口を開く。


「俺たちの誇りは、牙の先にある…。“敵”を殺すための牙ではなく、群れを守るための牙だ…」


シガの一言にシラヴァは一瞬止まり…頷いた。

「もし…獣族の誇りが怒りに飲まれるなら、俺が止めよう。それが灰狼の…長としての俺の役目だ」


俺は二人の顔を見た。

その眼に、嘘はなかった。


「……そうか」


俺は息を吐き、空を見上げる。

白み始めた空に、薄い雲が流れていた。


「ならいい。 お前らの“誇り”が折れねぇ限り、俺は敵にはならねぇ。

 だが…もしそれを見失った時は、俺が止める。お前らはダチだからな」


シガはいつものように寡黙なまま頷き、

シラヴァは短く笑った。


焚き火の光が三人の顔を照らす。

沈黙を破ったのはシラヴァだった。


「っふ…俺も友、か」

「なんだ?嫌か?」

「いや……では頼むぞ、コール」


その言葉に、シガが顔をほころばせ静かに立ち上がる。


「兄者がお前を友と呼ぶ日が来るとは……一族の戦いで、人と灰狼が並ぶ…。

 背中を預けるぞ、コール。……我が友よ」


俺は短く笑い、頷いた。


「……ああ、てめえら死ぬなよ?生きて帰れ」


夜風が焚き火を揺らし、三つの影が一つに重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ