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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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(最終話) 第236話:祈りの果てに、無限の箱庭で笑う者 (完)


目が覚めると、青空が広がっていた。


雲が、ゆっくり流れている。

やけに高くて、やけに静かだ。


……生きてる。


最初に浮かんだのは、それだった。


身体は重い。

指先に、力が入らない。

左腕は――やっぱり、ない。


まあ、いい。


胸が上下している。

息が、ちゃんと入ってくる。


それで十分だ。


視線を動かす。


右。


リュカがいる。

仰向けで、無防備な顔。

口が少し開いていて、寝息が微かに聞こえる。


左。


シアがいる。

背中を向ける形で、俺に寄り添っている。

肩が、俺の腕に触れていた。


……近い。


意識は、ない。

でも――離れていない。


「ったく……」


声にして、喉が痛むのを確認する。


その瞬間。


「アーク!!」


聞き慣れた声が、上から降ってきた。


影が落ちる。

視界に、赤色が飛び込んでくる。


次の瞬間――


胸元を掴まれた。


「っぐえ!」


身体を起こされ、

そのまま、強く引き寄せられる。


「ばか者!心配したぞ、本当に…」


震えた声。


エレナだ。


額が、肩に当たる。

鎧越しでも分かるほど、呼吸が荒い。


「ただいま……」


返事の代わりに、

さらに強く、掴まれた。


「……毎度、無茶ばかりだな」


声が、かすれている。


遅れて、足音。


「……コール!」


「無事か……?」


リネアとネラだ。


二人とも、目を見開いたまま固まっている。

視線は、俺じゃない。


俺の左右だ。


リュカとシア。


「……!」


リネアが息を呑む。


「リュカ……?シア……?」


駆け寄ろうとして、

一瞬、躊躇ってから――膝をついた。


「……よかった……」


声が、落ちる。


ネラは何も言わず、

ただ深く息を吐いた。


「……戻ったな」


短い言葉。

でも、肩の力が抜けたのが分かる。


俺は視線だけ動かして言った。


「……ああ」


それだけで、十分だった。


エレナが、ようやく身体を離す。

それでも、手は離さない。


「……もう、どこにも行くな」


命令じゃない。

祈りだ。


俺は、答えない。


代わりに、リュカの方を見る。


寝返りを打って、

顔をしかめて――


「……ん〜……うるせぇ?」


目が、開く。


一拍遅れて、

状況を理解した顔。


「ん?あれ?」


リュカが目を擦る。


視界に入った俺を見て、

一瞬、固まって――


「……は?」


次の瞬間。


「はぁぁぁ!?!?ちょ、待て待て待て!!

 え!? 生きてる!? え!?!?」


勢いよく起き上がり、

その拍子に、

シアの身体が揺れた。


小さく、息を吸う音。


「ん?……」


目が、開く。


ゆっくりと、

状況を確かめるように周囲を見て――

最後に、俺を見る。


一拍。


「……おかえりなさい」


静かな声。


「あぁ、お前たちもな」


でも、

はっきりと届いた。


リネアが、思わず笑った。


「……おかえり、だね」


そう言って、

リュカとシアの頭に、順番に手を置く。


「二人とも……よく戻ってきた」


「……当たり前です」


シアはそう答え、

リュカは鼻を鳴らした。


「ま、死ぬ気はなかったしな!」


ネラは一歩引いた位置で、

その様子を見ていた。


それから、

ゆっくりと視線を奥へ向ける。


空気が、変わった。


そこに――

彼女が立っている。


アヴィルだ。


白い髪が、

風に揺れている。


何も言わず、

ただ歩いてくる。


俺の前まで来て――

止まらない。


そのまま、

俺の横を通り過ぎる。


視線の先。


結界の名残が、

薄く揺れる場所。


その中央に――


エインが、座っていた。


膝を抱え、

俯いたまま。


鎖はない。

縛られてもいない。


アヴィルは、

彼の前で足を止めた。


見下ろすでも、

庇うでもない。


ただ、立つ。


沈黙。


俺は、

ゆっくりと立ち上がった。


足に、まだ力が入りにくい。

だが、問題ない。


一歩。

また一歩。


アヴィルの隣に立つ。


同じ高さで、

同じ向きで。


そして――


座り込んだエインを、

見下ろした。


エインは顔を上げない。


呼吸だけが、

微かに聞こえる。


俺は、言った。


「……終わったぞ」


返事はない。


それでも続ける。


「世界は、まだ回ってる。

 お前が壊した場所も……残ってる」


少し間を置く。


「処刑台も、用意されるだろうな……

 このまま、ここに居れば」


エインの指が、

わずかに動いた。


俺は、肩を竦める。


「だから――連れてく」


初めて、

エインが顔を上げた。


驚きも、

拒絶もない。


ただ、

理解が追いついていない目。


俺は、言い切った。


「拉致だ、拒否権はない」


アヴィルが、

小さく息を吐いた。


俺は、手を差し出す。


掴むための手。


救済でも、

赦しでもない。


「立て 歩け」


エインは、

その手を見る。


長い沈黙。


やがて――


ゆっくりと、

その手が動いた。


アヴィルも――

何も言わずに、手を差し出した。


同じ動き。

同じ高さ。


エインは、

一瞬だけ目を見開いた。


驚きというより、

予想していなかった、という顔だ。


視線が、

俺の手と、アヴィルの手を行き来する。


指先が、震えた。


俺は、鼻で笑う。


「は、なんだよ」


気の抜けた声で、言う。


「お前にも、待ってるやつ居たじゃねぇか」


エインの喉が、鳴った。


何か言おうとして――

結局、言葉にはならない。


代わりに。


二つの手に、

同時に掴まれる形になる。


エインは、

ほんの一瞬だけ目を閉じた。


崩れないための、

一呼吸だ。


「……」


何も言わないまま、

彼は立ち上がった。


足取りは、まだ不安定だが、

膝は折れない。


俺は、そのまま手を離さず言う。


「歩けるな」


小さく、頷きが返る。


それで十分だった。


背後で、

リュカがぼそっと呟く。


「……なんつーか、相変わらず、強引だよな」


シアは、静かに頷いた。


「でも、コール様らしいです」


エレナは、

何も言わずにその光景を見ていた。


視線は厳しい。

だが――剣には、手を伸ばさない。


「バーカ、こんなの優しい方だ」


吐き捨てるように言って、俺は振り返る。


「てか、シガはどこ行った!?

 あいつ、大火傷してたろ!?」


その答えは――

瓦礫の向こうから来た。


ず、と重い足音。


肩を押さえながら、

それでも立っている影。


――シガだ。


獣毛は焼け焦げ、

皮膚はまだ赤く腫れている。


喉を潰しているのか、

声は出ない。


だが。


しっかりと2本の足で立っている。


こちらを見る目は、

もう戦場のそれじゃない。


俺は一歩、近づく。


「……生きてるな」


シガは、短く――頷いた。


俺は大きく息を吐いて、

空を仰ぐ。


「よし!」


軽い声。


「じゃあ――最後にもう一回、派手に行くぜ!」


全員が、

その意味を“聞き返さなかった”。


――――


瓦礫まみれの城壁


そこへ――


イルクアスターが、

無茶苦茶な角度で突っ込んできた。


衝撃。

石壁が悲鳴を上げる。


減速も、着艦も、知ったことじゃない。


「どけどけどけ!!!通路、開けろ!!」


影が走る。


影が、壁を越え、

兵も、瓦礫も、

全てを無視して――


一直線に、進む。


簡易の治療所。


血と薬草の匂い。


「……ミラ!!生きてるか?!」


影が、

担架を囲んでいた人影を押しのける。


「こーるちゃん?いきてますよぉ〜?」


「よし!!、野郎ども!」


影達がミラの寝ているベッドごと持ち上げる。


「あらあら〜?」


「回収完了!!」


俺は叫ぶ。


「シェアラ!!帰るぞ!!」


奥から、

猫族の女が顔を出す。


「え、えぇ!?

 ちょ、待ってよ〜!!」


状況も理由も分からないまま、

腕を引かれる。


「説明はあとで!!撤収!!」


「雑すぎるって!!」


そのまま――

全員が、船へ雪崩れ込む。


甲板。


「船を出せ!!」


拘束も、整列も、無し。


「了解!」


ネラの声。


次の瞬間――


イルクアスターは、

城を――置き去りにした。


地上が、遠ざかる。


残されたのは、

瓦礫と、

混乱と、

説明不能な“結果”だけだ。


英雄か。

悪魔か。

裏切り者か。


そんなもの、

俺はどうでもいい。


甲板の中央で、

俺はエインを一度だけ見る。


「……」


何も言わない。


ただ、

歩いている。


それでいい。


俺は、舵を睨んで言った。


「帰るぞ」


どこへ、とは言わない。


それでも、

船は迷わず――進んだ。


城壁の上に、小さな人影がいくつも見えた。


誰かが腕を振っている。

誰かが膝をついている。

誰かがただ立ち尽くしている。


何か叫んでいるのが分かった。

だが――距離が遠すぎて、言葉にはならなかった。


イルクアスターは、

それらすべてを背にして高度を上げていく。


甲板の向こうでは、

いつもの喧騒が始まっている。


怒鳴り声と、笑い声と、

雑で、うるさくて――

確かな、生の音。


俺はそれを背に、

空を見上げた。


「っふ……、騒がしい船になったな」

ども、酒の飲めない飲んだくれです!(ノ_ _)ノ


ここまで『祈りの果てにー無限の箱庭で笑う者ー』を読んでくださり、

本当にありがとうございました。


最初は、ただ頭の中にあった世界を書きたくて始めた物語でした。


流行りとか、

正解とか、

読まれ方とか。


悩まなかったわけじゃありません。


でも、それでも最後まで、

この物語は“自分の形”で書き切ろうと思っていました。


コール達の旅も、

選択も、

痛みも。


全部、自分の中にずっとあったものです。


だからこそ、

こうして最後まで辿り着けたことを、本当に嬉しく思っています。


ここまで読んでくださった皆さんのおかげです。


感想を書いてくださった方。

ブックマークしてくださった方。

静かに追い続けてくださった方。


その全部が、

この物語を最後まで進ませてくれました。


ありがとうございました。


コールの物語はひとまず、

これで完結です。


ですが、

旅が終わったわけではありません。


あの世界の空のどこかで、

きっと今も、船は進み続けています。


また別の物語で、

別の世界で、もしかしたら現れるのかも知れません。


皆様、本当に、ありがとうございました。


――酒の飲めない飲んだくれ より

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