表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
20/58

第19話 鎖の街、潜入と火種


街を見ていろいろとわかってきたが、

奴隷のほとんどは耳や尾のある獣人が大半だった。

……なるほど、これじゃ獣人側も直接ここには手出しはできねぇわけだ。


この国の法じゃ、奴隷は持ち主の財産。

勝手に解放すりゃ、こっちが犯罪者だ。

基本的に助けるには、正式に“買い取る”しかねぇ……まどろっこしい。


リュカが何か言いたげに俺を見たが、首を振って歩き出す。


……考えはある…あまりいい作戦じゃねぇが。

タイミングを間違えりゃ、こっちが鎖に繋がれるか、共倒れだがな。


さすがにこの国の全獣族を買う金の工面も俺にはできない。

なら――こっちから“奴隷”の種を送り込む。


街の中に入って気づいたが、奴隷の中にはまだ筋肉の張った戦士崩れの獣人も混じっている。

鎖に繋がれてはいるが、牙と爪は鈍っちゃいねぇ。

シガが暴れてるときでさえ、人間が何人もかかってやっと抑えるくらいだ。


あいつらに事前に合図と逃げ道を伝えられれば、一斉に暴れて抜け出すことも可能なはず。

問題は、その情報をどうやって奴隷たちに渡すか……。


「ってわけだ」

「……まさか、それをあたしにやれってのか?」


リュカが目を細める。


「ああ。こっちが仕掛ける時に動ける戦力は多い方がいい。

 それに俺が伝えるよりお前のほうが適任だ」

「……本気か?」

「ふざけちゃいねぇ。いきなり乗り付けて知らねぇ人間が

 『助けに来たぞ』って言っても、お前素直についてくるか?なぁ?」

「……誰がついてくかよ」


即答したリュカの声には、わずかに尖った響きがあった。


「ほらな、だからお前が必要ってわけだ」

「……チッ」


吐き捨てるように舌打ちしつつも、さっきより肩の力は抜けていた。


それから俺たちは、街に点在する奴隷倉庫を順に確認して回った。

扉の奥からは鎖の擦れる音と、獣の匂いが漂ってくる。

戦士崩れの獣人が何人も混じっているのを見て、胸の奥で作戦の輪郭が固まっていく。


確認を終えると、今度は酒場へ向かった。

人間側の戦力と士気を探るためだ。


……入った瞬間、空気の重さに気づいた。

客も店主も、俺たちを警戒しているわけじゃない。

ただ、どいつもこいつも、声を潜めて同じ話をしている。


「……西の戦場が壊滅だと?」

「空から船が来て……影の化け物が……」

「いや、本当らしいぞ。剣も魔術も効かなかったって……」


テーブルに肘をついたまま、目だけで俺をちらりと見て、

すぐに視線を逸らす兵士。

彼らは俺がその“影の怪物”だとは知らない。

だが、軍が丸ごと潰された事実だけは、確実に士気を削っていた。


(……いいね、こりゃ思ったよりやりやすくなるかもしれねぇ)


これでしばらく、人間が獣族に攻める気配はない。

少なくとも…俺たちが動く準備を整えるだけの時間は稼げた。


さて……問題は、船にどれだけ乗せられるかだ。

ただの輸送じゃねぇ、鎖を断ち切った瞬間に、一気に掻っ攫えるだけ攫う。

そのための積載と、逃げ切るだけの燃料も確保しなきゃならねぇ。


時間がある分焦って動く必要はない……まずは少しずつ“種”を蒔く。


表向きは商売人を装って奴隷を一人買う。

そして、リュカづてに、同じ鎖に繋がれた連中へ作戦を伝える。

解放の日が来たら、迷わず立ち上がれるように。

その“種”が増えれば増えるほど、収穫の時は一気に実る。


……さあ、どこまで蒔けるかだな。


市場は、昼の熱気と獣の匂いで満ちていた。

檻の並ぶ通りを歩くたび、鉄の匂いと鎖の擦れる音が耳に刺さる。

足を止めたのは、片耳を裂かれた若い狼獣人の前だった。

両腕は鎖で繋がれ、足枷も重い。だが、筋肉はまだ締まっている。


「……こいつだ」


それっぽく演技をしながら商人に銀貨の袋を投げると、重みを確かめた商人がにやりと笑い、鍵を回す。

鎖が外れる音がやけに響いた。


「船で荷を運ぶ予定がある。荷物運びの駒は多い方がいい」


そう言いながら、横目でリュカを見る。

リュカは無言で鼻を鳴らし、狼の獣人を連れて歩き出した。


路地裏まで来たところで、俺は足を止めた。


「リュカ、こいつに話せ」

「……あんたの作戦のこと?」

「ああ。だが全部は言うな。合図と逃げ道だけでいい」

「了解。……聞け、アンタ」


狼獣人は最初、俺を睨んでいたが、リュカの言葉に耳が動いた。

その目の奥に、一瞬だけ光が走る。


「その日が来たら……鎖を引きちぎってでも走れ。あとはこっちが何とかする」


リュカがそう囁くと、狼獣人は小さく頷いた。


その後いくつかの奴隷市場を巡り、一つ、二つ……火種が増えていく。

蒔かれた種は、きっと一気に芽吹く時が来る。


ーーー数日を街で過ごした。


この国の規模から主要な奴隷倉庫はだいたい目星がついた。

大きく分けて4つ。

それぞれ街の方角ごとに分散していて、中央の市街から少し離れた位置に置かれている。


西の倉庫はもっとも大きく、戦で捕らえられた獣族の戦士たちが押し込まれている。

南は比較的規模は小さいが、女や子どもが多い。

東は客引き用と罪人や債務奴隷が混ざっていて、商人が“見世物”にしているようだった。

北は貴族直轄の倉庫らしく、一番厳重。建物も頑丈で兵も多い。


種まきと偵察をあらかた終えて、俺たちは一度船に戻った。


船長室の中で四つの倉庫の位置を頭に叩き込み、俺は地図の上に手を置いた。

どこから叩くかで勝負は決まる。


「……西は戦士が多い。だがその分、見張りも厳重だな」

「南は子どもが多いんだろ。真っ先に助けねぇと――」


リュカが声を荒げかけたが、俺は手で制した。


「焦るな。全部一度にやれば潰される。

 順番を間違えりゃ、助けられるものも助けられない」


いろいろ思考を巡らせたが、結局、決め手は“陽動”だな。

市街のど真ん中で大暴れして兵を釘付けにし、

その隙に船を回して倉庫を叩く。


「……その役、あんたがやるのか」

リュカの視線が俺を射抜く。


「他に誰がいる。ウィンスキーとハイポールは船を回せ。

 リュカ、お前は二人と一緒に獣族を誘導しろ」

「……街で暴れるって、本気か?」


言葉の奥にあるものは理解していた。

だが影の力をまとめれば可能だろう。

とはいえ、あの状態の俺は抑えが効かなくなる。

兵だけじゃない、目についたものすべてを潰しかねない。


「あぁ……だから作戦は一度きりだ」

そう告げて、組んでいた腕を解き、帽子を直した。


作戦の筋は決まった。


俺が市街で兵を引きつける。

その間に船を西に回し、リュカが奴隷に合図を送る。

奴らが一斉に動き出したところで、南、東、北の倉庫を叩く。

積み込みは一気、逃げ道は森へ――。


だが、その前に気になることが一つ。


「北の倉庫には……妙なのがいるらしい」


噂を小耳に挟んだのは、酒場の隅で酔い潰れていたお高そうな兵の会話だった。


「獣人でも人間でもねぇ。金で買えねぇ連中を隠してるらしい」


その正体を確かめるには、北を外すわけにはいかねぇ。


ーーーーー



雲の上――

空は星が煌めいている。


船は音もなく雲の海に浮かぶ。


まさか人間が獣族を助けるなんて、誰も思ってもねぇはず。

うまく行くことを祈るしかねぇな。


俺は船の先頭から街を見下ろす。

街にはチラチラと火の明かりが灯り、その数を減らしていく……頃合いだ。


背後の甲板には影たちが並び、

舵の所にはリュカとハイポールとウィンスキーが立っており、

こちらを心配そうに見ていた。


「……やるぞ」


全員がそれぞれゆっくりと頷き……次の瞬間、俺は雲の海へ身を投げ出す。


真下に広がるのは人間の街。石造りの屋根、広場、兵の詰所。

風圧が頬を切り裂く。耳の奥で血が鳴る。


――来い。


影達が震え、俺の背中から落下する身体に絡みつき、骨の奥に染み込み始める。

目が焼けるように熱を帯び高揚し、一本の矢のように街に落ちていった。


地上が見えた。

街の中心、普段兵と市民が最も密集する市場広場に、

空から不気味な声が降り注いだ。


「イィヒャッヒャッヒャ!!!!!!」


地鳴りと共に爆発のような衝撃が周囲に伝わり、

近くのかがり火をなぎ倒す。

すぐに明かりを片手に兵たちが集まってきたが、

兵たちは一瞬で弾けとぶか、胴体が2つに別れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ