第143話:水着講座、開講
二人は、まるで島全部を運動場みたいに駆け回っていた。
シアは倒れた木を軽々と持ち上げたり、岩を砕いたり。
リュカは木々の間を猫みたいなステップで走り抜けて、見えない位置から急に飛び出してくる。
俺は砂浜に腰を下ろしながら、その全部を静かに見ていた。
(……分かりやすく“変わった”な、二人とも)
もともとシアは“速度型”。
優しくて、気配を殺す歩き方がすげぇ上手い。
目の前の敵だけじゃなくて、周囲全体を見て動ける、そんなタイプだった。
そのシアが獣化した途端――
力が、桁違いになった。
木を砕く、持ち上げる、地面を殴ると砂がへこんでが跳ねる。
ただのパワーじゃなくて“圧”がある。
慎重な性格のまま、あれだけの怪力を持つのは……正直、反則だ。
「……シア! 次あの岩割ってみろよ!!」
リュカが叫ぶ。
「えっ……そんなの、壊したら……」
「大丈夫大丈夫! 自然のやつだし!!」
シアが申し訳なさそうに岩へ向かい、遠慮がちに拳を振った。
ドッ!!
(……遠慮でこれだよな……)
岩の上半分が粉になって消えた。
次にリュカだ。
あいつはもともと体格も良かったし、
気質もあって“パワー系の猫”って感じだった。
だが――獣化して得たのは……まさかの速度。
「――っと!」
リュカが地面を蹴っただけで砂が爆ぜ、その砂が落ちるまでに姿は消える。
残像が残って、次の瞬間には木の上に乗っていた。
「うお!? どこに……木のうえか!?……」
「ははっ! すげぇだろ!!
なんかもう、全部軽いんだよ! 体が軽いっていうか……風みたいっていうか!」
とにかく速い。
音より先に影が動く瞬間がある。
普通の剣士じゃ目で追えない。
俺も捕まえられないレベルだ。
(……二人とも、
本当に“弱点が消えてる”んだよな)
シアの弱点だった「決定力不足」。
レベルが違うパワーで補われた。
リュカの弱点だった「初速の鈍さ」。
化け物みたいな速度で上書きされた。
(……やばいな、これ)
あまりにも完成度が高い。
力と速度。
二人の特性が、綺麗に反転したみたいに伸びている。
性格との相性も良すぎる。
慎重で守りが得意なシアが“重戦士”に変貌し、
ガンガン前に出るリュカが“高速戦士”へ進化した。
(……この二人が敵に回ったら……
正直、勝てる気がしねぇ)
シャドーズ全員を出して、
俺が加勢しても――多分、負ける……。
それくらい、
二人は“獣醒”で別物になった。
砂煙の中から、楽しそうに走ってくる二人を見て、
俺はふっと息を吐いた。
(……なんかもう、本気で守られの、俺のほうじゃねぇか?)
そんな苦笑いが自然に漏れるほどだった。
―――――
二人が走り回り、木が倒れ、岩が砕け――
ようやく一段落ついたのか、砂煙の向こうから戻ってくる気配がした。
「コールー!! 戻ったぞ!」
「……こ、コール様……た、ただいま……」
声がしたので顔を上げると――
(……ん?)
二人はもう獣化を解いて“人の姿”に戻っていた。
ただし――服が。
ほぼ存在してなかった。
獣化で一気に体が大きくなったせいで、
もともと張り裂け寸前だった服が……
ビリビリでボロキレで、もはや“布くず”みたいに体に引っかかってるだけ。
肌色率が……高い。
「お、お前ら……服……」
思わず目をそらしかけたが、視界にどうしても入り込んでくる。
リュカは腹を抱えて笑う。
「いや〜〜獣化したらさ、伸びねぇから破ける破ける! お?……
コール、照れてんのかぁ〜〜?」
「照れて……いや照れるわ!!」
シアは耳まで真っ赤にして胸元を押さえる。
「……す、すみません……
その……急に大きくなるなんて……どうしようもなくて……」
「いや、悪くねぇけど! さっさとなんとかしてこい!」
「ガキには興味ねぇんだろ? コ〜ル?」
「うっせぇ! さっさと行け!」
俺の声が少しうわずると、
「……ふふっ」
シアが小さく笑い、
恥ずかしそうにお腹まで裂けた上着を押さえ、ぺこっと頭を下げた。
「とりあえず……服、作らないとですよね……」
「頼む……さすがにその格好で島うろつくな……」
「へいへい、わかってるって!」
リュカは平然としてるが、
シアは体を隠しながら急ぎ足で船に戻っていく。
シアはもともと俺の冒険者服まで縫ってくれた裁縫の腕前だ。
この二人ならすぐ自分たちに合う服を作るだろう。
そんな姿を見送りながら、
俺は静かに息をついた。
(……変わったなぁ、ほんとに)
大人になった、なんてもんじゃない。
もう、あんなの立派な戦士……それ以上、最強すぎだろ……。
―――――
二人が船に戻ったあと、
急に静かになった砂浜で、俺はシアに倒されなかった木の木陰で仰向けに倒れた。
「……潮風……気持ちいいぜ……」
空は青い。
波の音がゆっくり寄せては返し、
リュカたちが巻き上げていた砂煙も静かに落ちつく。
気配が近づいた。
「ナイル……ここにいたんだ?……」
リネアだ。裸足で波打ち際を歩きながら、
スカートを摘まんで微笑む。
「二人……すごかったね……」
「……ああ。ちょっと怖いくらい、な」
リネアは首をかしげた。
「ううん……そうじゃなくて……
なんか、二人……すごく楽しそうだった」
そのあと、ネラがリネアを呼ぶ声がした。
「リネア! いたぞ! カニだ……」
「えっ、待ってネラ……見せて……!」
二人が波打ち際でじゃれ始める。
リネアは笑って逃げて、
ネラは小さく笑いながらカニを持って追いかける。
かつての村では“姉妹として普通に遊ぶ”なんてできなかった。
周囲の期待としがらみが、二人を縛っていた。
(……やっとだな)
ただの女の子として騒いだり、笑ったり。
そんな普通が、ようやくできてる。
潮風が体を撫でて、心の奥が海の色に溶けていく気がした。
「……はぁ……なんか……
事情が一気に変わりすぎて、俺が追いつけてねぇな」
青い空を眺めながら、ぽつりと呟いた。
(でも……まぁ……悪くない)
遠くで笑い合うリネアとネラ。
船で服を作っているはずのリュカとシア。
そして潮風と波の音。
――こんなのも、悪くない。
―――――
すこしして……。
甲板に戻ると、ちょうど船室から二人が姿を現した。
「……できたぞ、コール!」
「こ、こちら……出来上がりました……!」
リュカとシアが並んで立つ。
二人とも、完全に“今の体格用”の新しい服を身につけていた。
リュカは動きやすい短上衣に、猫族特有のしなやかなラインを活かした軽装。
尻尾の付け根はちゃんと縫製されていて、見た目も機能性も抜群。
シアは落ち着いた色合いの軽装で、
大きな身体でも柔らかく仕上がっていて、彼女らしさが残っている。
(……いや、二人とも……普通に美人すぎねぇか?)
大人の姿になってから初めて、
“服を着た状態の二人”をちゃんと見た。
リュカは猫のしなやかさが増して、
シアは狼の気品が滲んでいる。
「どうだ、コール。似合ってるか?」
胸を張るリュカ。
「……その……へ、変じゃありませんか……?」
恥ずかしそうに指先を重ねるシア。
俺は思わず本音が漏れた。
「……めちゃくちゃ似合ってる。
てか……水着とか着せたら、もっと映えそうだよな……海だし……」
「「……水着?」」
二人の耳が同時にぴくりと動いた。
そこへタイミング良く、
波打ち際から戻ってきたリネアとネラも首をかしげる。
「水着って……なに?」
「水の儀式か何か?」
「あー……いや、泳ぐ用の服だな」
俺が説明すると――
三人は全員不思議そうな顔になった。
「泳ぐ時に服……?」
リネアが完全に混乱してる。
「普通、水に入る時は下着だけでは?」
ネラは当たり前みたいな顔だ。
リュカが「ん?」という顔をした。
「普通みんなそうだろ?」
「普通……なんだよなぁ……」
俺の言葉にネラが頷く。
「いや……まぁ……文化の違いか……」
リュカは胸を張り、堂々と言う。
「何いってんだよ? 布が少ないほど動きやすいし、当たり前じゃん。
ほら、あの時もコールの前で普通に――」
「やめろ……今は思い出させるな」
俺の声が裏返り、4人は不思議そうな顔をする。
そこで、シアがそっと手を上げた。
「……あの……コール様。
水着って……つまり、下着とは違うんですよね?」
「あ、ああ。
もっと……“泳ぎやすくて、見た目も整えた服”って感じだ」
「……ふむ」
ネラが顎をさする。
「“機能性の高い下着”みたいなもの、か?」
「ちょ、ネラ……そんな言い方……」
リネアが青ざめている。
だがリュカだけはめっちゃ楽しそうに尻尾を揺らした。
「へぇ〜……おもしれぇじゃん水着って。
なぁコール、どんな形してんだ?」
「そ、そんな簡単に言えるか!」
「じゃあ描けよ」
「え?」
全員が同時に俺を見る。
「描いてください、コール様……。
それを元に……私、作ってみます」
シアが真っすぐに言った。
「え、ええっ、シア、お前が……?」
「はい……私、服を作るの好きですし……。
水着、楽しそうです……」
リネアも小さく手を挙げる。
「わ、わたしも……着てみたい……かも……
泳いだり……走ったりしやすいなら……」
ネラも頷く。
「未知の服だ、興味はあるな」
そしてリュカは尻尾をぶんぶん振りながら、
「もちろんあたしも着るぞ! 面白そうじゃん!」
「なんでお前ら俺に決定権渡すんだよ!!」
「だってコールの故郷の服なんだろ?」
「文化の伝道ですね?」
「責任重大……ナイル……」
「ほら、描け」
四方向から詰められて――
俺は観念するしかなかった。
(……どんだけハードル高ぇんだよ、水着一つで……)
「……分かった。
じゃあ紙と筆持ってこい。
水着講座、開講する」
「「「「はい!!」」」」
四人の目が輝いた。
(……俺、なんでこんな真面目な顔して、
水着デザイン講座やる羽目になってんだ……?、
……ちょっと楽しみなのは否定しねぇけど)




