第144話:海の家と、乾杯
翌朝。
甲板に出ると、四人が揃ってこちらを待っていた。
「……コール様。今日は……その……」
「水着、完成したぞ!!」
リュカが自信満々に尻尾を揺らした。
シアは少し緊張した面持ちで控えめに笑っている。
リネアは手を胸元でぎゅっと握っていて、顔が少し赤い。
ネラは無表情だが、耳がほんのり赤い気がする。
「もう!? はえぇな……じゃあ着てみるか?」
「「「「は〜い……!」」」」
四人は船室に入り――
そして数分後。
扉が開いた。
そこには……
昨日描いた設計図そのままの“水着姿”が立っていた。
◇ リュカ
真紅の軽装水着。
猫族の身体にぴったり沿うように作ってあって、本人は胸を張っている。
「ははっ! な、どうだ? めっちゃ似合ってるだろ?」
◇ シア
落ち着いた青色。
彼女の大きめの体でもちゃんと体に合っていて、
耳まで真っ赤にしながら、指先をもじもじさせている。
「……ど、どうでしょう……?」
◇ リネア
白と水色の清楚な色合い。
スレンダーな体型に合っているが、
視線が泳ぎっぱなしで、ふわっとスカートを探すようにパレオの裾をいじっている。
「……ナ、ナイル……へ、変じゃない……?」
◇ ネラ
黒のシンプルで機能重視のデザイン。
腰回りや太ももがほぼ露出しているが、
本人はまったく気にしていない。
「動きやすい。……が、これは少し……無防備だな」
(いや、それが水着ってやつなんだけどな……)
四人から視線を向けられ、
俺は正直に言った。
「……全員……めっちゃ似合ってる。
てか……完成度高すぎるだろ、これ……」
その瞬間、
シアとリネアが一斉に耳まで真っ赤になって俯いた。
だが――
「だよな〜〜!!
ほら見ろシア、リネア、コールが言ってんだぞ!」
リュカは得意げに胸を張る。
「……そ、そんな…………嬉しい……です……」
「わ、わたし……こんな格好……初めて……」
ネラはというと、
腰の露出を見ながら淡々と呟いていた。
「この服は……風の抵抗が減るな……。
戦闘にも……多少、利があるかもしれん」
(いや戦闘に水着で行く気かよ……)
そこで――背後から気配が動いた。
シャドーズが無言で砂浜側へ歩いていく。
「……?」
四人も俺も首をかしげた。
そして――数十分後。
砂浜に、海の家が建っていた。
「……は?」
木材は昨日シアが吹き飛ばしたやつ。
それを使ってシャドーズが無言で組み上げたらしい。
屋根、日よけ、椅子、BAR?まで完備。
(いや、仕事が早ぇよ!!)
リュカが大歓声を上げた。
「おいおい!!
コールが言ってた海の家ってやつだろコレ!! 最高じゃん!!」
「これが……海の遊び場……?」
リネアがきょろきょろと周囲を見る。
「……悪くない」
ネラが頷いた。
シアは口元に手を当て、ぽつりと漏らす。
「……すごい……まるで……
コール様の故郷の“遊び場”みたいですね!」
「いや、こんな本格的なの俺の故郷にもそうそうねぇよ!?」
しかし四人はすでにテンション最高潮だった。
「よっし!! 水着もある! 海の家もできた!
コール! 遊ぶぞ!!」
「えっ……いや俺、別に――」
言い終わる前に、
リュカの尻尾がビシッと立ち、耳がピンッと上がった。
「あーだめだ、我慢できねぇ!!
行くぞコォォォォル!!」
「は!? ちょっ――」
次の瞬間。
リュカが俺の手首を掴んだ。
そのまま――
砂浜へ向かって全力疾走。
「うぉぉおおおおおおちょ待っ――!!??」
景色が横に流れた。
いや、流れるどころじゃない。
完全に風景が線になっている。
「リュカぁぁぁああ!!!
スピード落とせぇぇぇ!!」
「無理!! 楽しい!! めっちゃ楽しい!!」
「いや楽しさの基準どうなってんだぁああ!!」
俺の髪は後ろへ垂直に伸び、
砂浜から漂う砂粒がビシビシ当たる。
服もバタバタと千切れそうだ。
「……はや……っ!」
甲板から見ていたリネアが息をのむ。
「さすが猫族……尋常じゃない速さだな……」
ネラが静かに評価する。
「コール様!?……リュカ〜!!」
シアが両手を口元に当てて目を丸くして、すぐに後を追い始める。
実際俺はほんとに飛んでた。
引きずられるどころか、両足が地面を離れ、
俺は完全に“タコ上げ”みたいに空中に浮いていた。
「うわぁぁああああ!! 待て待て待て!! ゆっくり止まれぇ!!」
「だーいじょうぶだって!」
リュカは笑って軽く手を振るような勢いで言う。
「この速度でとまったら落ち――!!」
その瞬間、リュカが急停止。
「ついた!」
「がっ……!!?」
俺は砂浜にズザザザッと着地……いや衝突した。
全身が砂まみれになりながら顔を上げると――
そこはすでに、
シャドーズが建てた海の家の目の前。
「ぺっぺっぺ! 砂まみれだ……」
そのまま起き上がると、
最初に駆け寄ってきたのはリネアだった。
「ナイル……! 大丈夫……!?
痛くない……? どこか折れてない……?」
今にも泣きそうな顔で俺の肩や腕を触り、
砂を払ってくる手が震えてる。
「だ、大丈夫だ……生きてる、生きてる……」
「ほんとに……? ほんとに……?」
リネアの目が潤んだまま離れない。
その横で――
シアの目が細くなっていた。
いつもの温厚な雰囲気じゃない。
背後の空気が揺れるほどの“怒気”が立ち上る。
「……リュカ」
「あ、あれ? シア……?」
「……あなた……何をしたんですか……?」
静かに。
低く。
狼族特有の“威圧”が声に混ざっている。
リュカの耳がピン!と立ち、尻尾がフリーズした。
「え……いや、その……ちょっと楽しくて……」
「“楽しい”でコール様を引きずり回したんですか?」
「ち、違っ……いや、違! 違わねぇけど!!」
シアの足元の砂が“ザッ”と音を立てる。
「……リュカ?」
「な、なんだよシア……」
「――そこに座しなさい」
「やべッ!!」
リュカは猫の本能全開で後ろへ跳んだ。
その瞬間――砂浜に猫の足跡が一直線に伸びていく。
「逃げたッ!!」
俺が叫ぶ。
「ま、待ちなさいリュカーーーー!!!!」
シアが岩を割れる脚力で追走を始めた。
「ふっはっはっは、逃げ切れ逃げ切れ!!」
俺は砂浜にひっくり返りながら笑うしかなかった。
ネラは腕を組み、淡々とつぶやく。
「……猫族と狼族の追走劇か。妙に納得感があるな」
「ナイル……ほんとに、大丈夫……?」
リネアはまだ心配そうに俺の手を握って離さない。
「大丈夫だよ。ありがとう、リネア」
そう答えた時、遠くで――
「ぎゃーーーーーー!!! シアやめっ……!」
「お座りッ!!」
「いや、違……ってうぁああああ!!」
砂煙が盛大にあがった。
(……まぁ……元気だな、あいつら)
海風が吹き抜け、砂浜に笑いが広がった。
―――――昼
飯を食い終えたあと、砂浜には、朝日のような笑い声が響いていた。
「リュカ、まてぇぇぇ! 水……かけすぎ!!」
「へへっ、動きが止まったら負けなんだよリネアぁ!!」
「……ふむ、水の抵抗が少ない。やはりこの服は合理的だ」
「まったく……リュカはいつも元気すぎね」
四人の声が波と混ざり、海辺が一気に華やぐ。
リュカは猫みたいに海面を跳ね回り、
リネアは悲鳴をあげながら水を浴び、
ネラはほぼ無表情のまま高速で泳ぎ、
シアは沖へ出ようとする全員の安全管理に必死でついていく。
「リュカ〜!! あまり沖に行っちゃだめです!!」
「だいじょーぶだって! 沈んだ時はシアが助けてくれるだろ!?」
「勝手に頼らないでくださいっ!!」
波の向こうで、太陽みたいな笑顔が跳ねる。
(……ほんと、楽しそうだなぁ)
俺は海の家の影の下、BARカウンターの丸椅子に腰を下ろしていた。
影が二つ。
カウンターの奥でハイポールが黙って木樽から飲み物を注ぎ、俺の前に置く。
(……ありがとう)
口には出さず、指先で軽く樽カップを弾いて受け取る。
シャドーズも無言で、俺の真似をするように自分のカップを軽く上げてみせた。
言葉を発しない、発せない。
だけど、
“感情”だけは、確かに伝わる。
俺の中にある「何か」の感情から生まれた影だなんて知らないまま、
けど――どこかで気づいてる。
(……お前達は、俺だ)
そう確信しながらも、言葉にはしない。
向こうを見れば、四人がじゃれあいながら水をかけている。
リュカは全力で暴れ、
ネラは冷静に反撃し、
リネアは叫び、
シアはみんなを必死で守りながらも笑ってる。
その光景を眺めながら、
俺は甘いフルーツの飲み物をひと口。
「……はぁ。うめぇな」
喉を通る熱が、心の奥の冷たい部分まで届くような感覚。
ここ数日で、色んなことがあった。
死んだと思ったら、また生き返ったり。
初めてのシアの激情……。
二人の“成牙の祝”のその先。
そして――夜の出来事。
(……ようやく話せたな。
俺たちの最初のこと……)
あの噛みしめるような咆哮も、扉越しに聞こえた涙も、
あれは本当の意味で二人に触れた瞬間だった。
(……やっと言えたんだ。
俺がどこで、生まれて……どう始まったのか……)
ウィンスキーが無言で俺の前に予備のカップを置いた。
「……お? 飲むのか?」
ウィンスキーは頷き。
俺の動きを真似るように、樽のフチに指を添えた。
「乾杯だ」
静かに、コツンと木のカップを合わせる。
外の四人の笑い声が、遠くで花火みたいに弾けた。
「あいつらも……変わったよな。
いや……強くなっただけじゃねぇ。
自由になったんだ」
リュカの笑い声が海風に混ざり、
ネラのしぶい声が返し、
リネアがおぼれたような悲鳴をあげ、
シアが「リネアー!! そっちは深っ……!!」と絶叫する。
(……こんな日が来るなんてな)
誰にも言えない。
言う必要もない。
けど――
(ま、悪くねぇよな。こういうのも)
潮風が吹き抜け、
海の家のひさしが揺れて、
影たちが静かに俺の隣に立ち続ける。
四人の海遊びはまだまだ続きそうだった。
俺はカップの残りを飲み干し、
静かに息をつく。
「……さて。そろそろ俺も行くか」
砂浜では、リュカが全力で叫んでいた。
「コールー!! 来いよ!! 海潜ろーぜ!!」
ネラが静かに手を上げる。
「安全確保はする。来い」
シアがあわてる。
「ちょっ……ネラさん!? まだリネアが……平気?」
リネアは満面の笑顔で手を振る。
「コールー! 早くー!!」
(……まったく、元気だな、お前ら)
俺は立ち上がり、樽カップをハイポールに返して言った。
「見張り頼むぜ……」
二人は無言で頷いたように見えた。
日差しの中、四人の笑顔の方へ歩き出す。
今日だけは――全部忘れていい。
ただの仲間として、家族として。
笑い声と波の音の中へ、俺は足を踏み出した。




