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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第9話 さよならだ


 満足した様子で振り向いた美琴は、その場に五郎がいたことにようやく気がついたらしい。自分の行動を思い出してか、顔を真っ赤にして、うつむきながら、だらだらと汗を流していた。


 さわやかに声をかけるどころか、バッドタイミングで切り込むはめになった。しかし、少々鈍い五郎には、そっとしておくという選択肢はなく、


「やあ、美琴ちゃん。買い物かい? なかなか凄かったね。いやいや、たいしたもんだ」


と、止めを刺した。そのせいと言うわけでもないのだが、一向に返事をする様子がない。


 待つことしばし、やはり返事はない。


 それでもめげずに、聞こえなかったかなと改めて声をかけたが再び無言だ。さすがの五郎もいたたまれなくなってきた。ひそひそと温州蜜柑がいう。


「おまん、パオーン事件で嫌われとるんやぞ。もしかしたら、変質者と思われとるんとちゃうか?」


 思い当たる節がありまくりの五郎は、心をへし折られそうだった。ほぼ涙声でいう。


「み、美琴ちゃん。この間はごめんなさいです。嫌われちゃったのかな」


「そ、そうじゃ、あ、あ、あり、あり……」


「アリーヴェデルチ?〈さよならだ〉」


「ち、ちがいます!」


と声を張り上げる。その声は、くぐもったような響きで変に上下して落ち着かない。


「み、みみが聞こえないので、しゃ、しゃべるのも、わ、わたし……」


「え? 聞こえているんじゃ?」


「く、くちびるを見て」


「あ、そうなんだ。ゆっくり話した方がいい?」


 問われて、こくんと頷く美琴である。その様子を見ながら五郎は、無理に話をさせてしまったな、ええ子やと心のうちでホロリとしていた。


 どうやら嫌われていたわけではないと知って安心する五郎の耳に、タイムセールの案内が聞こえてきた。人の動きと時間でわかるのか落ち着かない様子の美琴に別れを告げて、その後ろ姿を見送った。と、それまで大人しくしていた温州蜜柑が声をあげる。


「ええ子やねぇ。五郎はん、あの子のことお気に召しましたんかぁ?」


「やらしい言い方すんな。まあ可愛らしいよね」


「お、聞いたか嬢ちゃん。可愛らしいて! 五郎はん、嬢ちゃんのことが気に入ったらしいで!」


「こら、やめろって」


「ええやないか。わての声は五郎にしか聞こえやんて。おーい、美琴はーん! こっち向いてぇな! ……って、あれ?」


 美琴が振り向き、不思議そうに辺りを見回した。すぐにタイムセールに戻っていったが、わての声が聞こえとるんやろかと首をひねる蜜柑だった。


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