第88話 失せ物探し
名坂警部補が話し終えた時、時計の針が、ちょうど午前零時を指した。
「以来、水が駄目になった。ひかりのことを思い出し、あの時の怖さも蘇ってくるのだ。生き恥をさらしながら図々しく生きてやるさ。公僕として、この身をすり減らして死んで行ければそれで良い。目の前で溺れている人がいた時に果たして水に入れるか。それだけは心許ないがな」
「あまり無茶をしないでほしいもんだ」
残ったビールを飲み干して、千里が口の端を拭う。
「からかって悪かったよ。さっきのようなおかしなことは、よくあるのかい?」
「いや、初めてだ。ひかりの幽霊であったかどうか、確かなことはわからんよ」
「ふぅん、そうかい。この部屋には、取り憑かれ体質の五郎がいるからねぇ。電球が割れたのも、こいつのせいなんじゃないのかい」
「俺のせいってことはないでしょう。いや、別に名坂さんのせいとは言いませんが」
それよりも、と温州蜜柑に目を向ける。
「さっきの妖しい影は、ひかりさんの幽霊なのか? 何か悪いものなのかどうか……」
「ん〜、どうやろなぁ。そないに悪い感じはせんかったけど、なんやゾクリとしたのはしたな。わても酔うてたし、ようわからんわ」
「まったくもって役立たずだな。やれやれ、せめて佳乃が起きていればな」
「なんや、その言い草。役に立たんでも、そこにおるだけでええ。そういうとったやんけ」
「佳乃の場合はな」
「なんやそれ。ロリコン対象と、非ロリコン対象への差別か。紳士と言えば何でも許されると思ったら大間違いやぞ」
喚く蜜柑をおいて、千里が話を戻す。
「こんなことは初めてってことだが、何十年も経って何だろうね?」
「前にも言ったが、街自体がどことなくおかしな雰囲気なのだ。それに加えて、神様か何か知らんが、変なのと知り合いにもなったしな。それと……」
「変なのて、失敬な!」
わめく蜜柑を、千里がつまみあげて脇へのける。
「蜜柑が入ってくると話が進まないからね」
「それと、失せ物探しのまじないものを買う機会があってな。悪ふざけというのでもなく、何となくのことだが、海へ消えたひかりを探してみた。まじないの結果は、いずれ見つかるというような、よくある類いの言葉で煙に巻かれたよ」
「その時は何もなかったのかい?」
「特段の変わったことはなかった。しかし、多少なりと関係があったのかもしれない。一度……」
言いかけた後を引き取って、
「一度、そのまじないものを買った店へ行ってみようじゃないか」
と、にやりとしてみせる千里だった。




