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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第3章 変化
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第82話 蕎麦


 悪いことでもいいから何か起きないか、不意によぎった考えを振り払う佳乃だが、果たして、これは良いことか悪いことか。翌朝、名坂警部補が五郎の部屋を訪ねてきた。


「先日は世話になった。任せっぱなしで悪かったな」


「あ、名坂さん。おはようございます。今日は早いですね。何かあったんですか?」


「いや、あいさつだよ」


「あいさつ?」


 との問いかけに、うむ、とうなずいて渡されたのは箱入の蕎麦そばだ。


「先ほど大家にもあいさつしてきたが、品の良い御婦人だな。少々肝の座った風もあったが」


「もしかして、引越しのあいさつですか?」


「そうだ」


「ここに?」


「そうだ」


「ここって学生アパートじゃ?」


「家賃さえ払ってくれれば誰でもOKだと言っていたぞ。職場の都合で官舎を追い出されてな。市内で一番安いアパートを探したら、ここになった。文化住宅というのか。なかなか趣きがあってよろしい」


「狭いし、風呂ないですよ?」


「ああ、構わん構わん。職場で寝泊まりすることが多いからな。ほとんど帰らんのに、荷物が置ければ十分よ。風呂もいらん。普段は、ジムのシャワーで済ませておるのさ」


 笑いながらいうその後ろには、上階に住む千里が立っており、いたずらっぽい表情で口に人差し指を当てていた。黙っとけ、と示して部屋に入っていく。


「例の不良娘は、このあたりに住んでいるらしいな。家がわかったら教えてくれ」


「え、ええ、わかりました」


 では、上にも住人がいるようだし、あいさつに回ってくるとしようと千里の部屋へ向かった。あ、と声をあげかけるも、言いそびれる五郎である。


 耳を澄ませていた五郎の耳に、わざとらしく甲高い女性の悲鳴が聞こえた。覗きだ、覗き! との千里の声に、そんな格好で来客に応じる馬鹿があるか! との名坂警部補の声だ。固いこと言うな、固いのは下だけでさ。ええい、寄るな! と、今後、なにかと騒がしくなりそうである。


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