第81話 説教
さて、灼熱地獄のような文化住宅の一室。
西の角部屋が神尾五郎の部屋である。妖に好かれやすい体質なのか、自称式霊だか神様の温州蜜柑、また式神の佳乃とともに暮らしている。背筋をピンと伸ばした佳乃が、蜜柑を正座させて説教中だ。
「いいですか。だいたい、あなたには家を護る式霊としての自覚が足りません!」
「……自分かて、主を思い出せんくせに」
「なにか言った?」
ぼそりと反論する蜜柑を睨んで黙らせる。
「だいたい辛抱が足りないのです。五郎様が、求道者のごとく、こんな襤褸家の、小汚い、狭い、むさ苦しい、虫も寄り付かないような部屋で、汗も蒸発するような暑さと貧乏に耐えておられるというのに!」
「佳乃、五郎はんが辛そうやで?」
「あ、すみません。五郎様をディスるつもりはありませんので」
「ディスるって、古臭い式神のくせして変な言葉を知っとるな」
「ふふん、この佳乃、五郎様を今生の主と定めたからには、知識の習得、言葉の理解に猪突猛進、自己啓発に余念ありません。いまの世には、テレビやらラジオやら、インターネットなるものまで、情報収集には事欠きませんからね。
この頃は、わたくしのような年端も行かない少女を大切にしていただけるロリコンなる紳士が多数おられるとか。いやはや、良き世の中になったものです。
先だっても、美琴様と過ごしておるときに、五郎様も立派なロリコンでいらっしゃると申し上げておきました。わたくしのような童女を大切にしていただいて、まことに感謝感激雨あられ。ん、なによ、蜜柑。え? ロリコンというのは褒め言葉ではない?」
うんうんと頷く蜜柑を見て、恐る恐る五郎の様子を見ると、立派なロリコンかぁと呆けていた。立ち直りまで、しばしお待ちを。まだ落ち込んだ様子の五郎の前で、佳乃が手をついて頭を下げていた。
「ひらに、ひらに御容赦を」
「なはは、佳乃は謝ってばかりだな。美琴ちゃんの見る目が冷たいと思ってたんだよね。あはは、あは、はぁ……」
「申し訳ありません。すぐに美琴様に誤解である旨を伝えて参ります。わたくし、がんばりますので、迷惑をかけないようにしますので、どうか、このままここに置いてやってください」
「いやいや、そんなの良いに決まってるじゃない。そんなに頑張らなくていいよ」
「わたくしめでは、お役に立てませんか?」
「そういうわけじゃなくて。どう言ったら良いのかな。佳乃はいてくれるだけでいいんだよ」
「はぁ、それはロリコン的な意味で?」
「そこから離れてくれる? 蜜柑みたいな無駄飯食らいでも、平気な顔して生きてるわけ。役に立たなければ一緒にいられないとか、そんなことないよ」
「そうや、少しはわてを見習え。わてなんか何の役にも立っとらんぞ。そやけど、わてがおるだけで五郎はんは癒されるんや。な?」
「な? じゃねぇ。ちょっとは佳乃を見習え」
えー? と抗議するが、ビーチチェアに寝転んだままで、見習うつもりはないようである。それはさておき、安心した様子の佳乃がもう一度、頭を下げ、落ち着いた声音でいう。
「あたたかいお言葉、ありがとうございます。少し気が急いていたようです。そこの蜜柑にも、わずかながら、ほんのひとかけら、微かに、ちょっぴり、見習うべきところがあるのかもしれません。もう少し気を抜いて切り盛りしていこうと思います」
「くれぐれも無理しないようにね」
「かしこまりました」
やはり紳士でいらっしゃると思いつつ、振り返ってみるに、前の主から受けた使命が思い出せず、何かをしなければならないとの思いが強すぎるのだろう。何かを見張れと言われたような。いったい何を?
ふぅと溜息をつく。
何をすれば良いかわからないから、何かをすることで時間を埋めようとしている。悪いことでもいい、何か起こらないか。ふと浮かんだ思いを頭を振って否定し、今のは嘘ですと心でつぶやいた。




