第68話 スー
手鏡の出所を探している名坂警部補に頼まれ、神辺市南区の中華街を訪ねてきた面々。応対するのは、背の低い小柄な女性店主で、よく子供扱いされると言うからには、それなりの年齢なのであろう。薄いブロンドの髪と碧い目の顔立ちに驚かされ、さらに用向きも告げぬのに、
「手鏡とは、関係ありませんよ?」と来た。
呆気にとられている一行に向かって、涼やかな声で、それよりもと話を続ける。
「先ほどの鈴鳴りは、あなたですね?」
美琴に向かっていう。店中に響き渡った鈴の音のことを言っているのであろう。
「悪い鳴り方ではなかったのですが。ふむ、この地の神守りですか。あら、半分ですね。え? なんのことかわからない? そうですか。いやまあ、こちらのこと。お忘れください」
ぺらぺらと仔細わからぬことを並べ立てると、つかつかと前へ出て、ちょっと失礼しますよと美琴の胸ポケットに納まる小さなくまのマスコットをつまみあげた。そこには、自称式霊だか神様の温州蜜柑が宿っている。人前では人形のふりをしているのだが。
美琴が声をかける間もなく、女性店主は熱心に蜜柑の顔をさすり、腹を押し、デコピンしたり耳を引っ張ったり、やりたい放題である。美琴が止めようとするのと、針を取り出した店主が蜜柑を刺そうとするのとほぼ同時だった。その手が振り下ろされる直前に名坂警部補が割って入り、くまのマスコットは、ぴょんと美琴のもとへ逃げ出した。
「み、美琴はん! 助けて」
その声も普通の人間には聞こえないはずなのだが、店主は興奮したようにいう。
「おやおや、喋ってますね。これは何かしら。初めて見るものですね。式神でもないし、護法人形でもない。悪いものでもなさそうですが、さほど良いものでもないような。これはいったい……」
ぐいぐいと蜜柑に迫ろうとする店主に、その腕を掴んだまま名坂警部補が声をかける。
「ちょっと落ち着け、針を仕舞え」
「これはまた申し訳ない。熱くなると周りが見えないたちでして。お恥ずかしい。しかし、手鏡といい、その人形といい、仔細ある御客人のようですね」
「こちらとしても同様のこと」
少し疲れたような声で名坂警部補がいう。
「いろいろ聞かせてもらいたいが、もはや何を聞けば良いのか……」
「うふふ、何も隠すいわれは御座いません。何から話せば良いでしょう? 幸い下は中国茶の専門店です。売れ残りと言っては何ですが、お茶なら幾らでもありますから、ゆっくり茶を喫してみるのもよいかと。酒では口が滑り、白湯では口も閉じようというもの。その点、お茶は良い加減で」
では、飲茶の準備を致しましょうと背を向けかけて、
「そう言えば、まだ名前も伝えておりませんでしたね。私、欧州生まれの華僑でございます。スーとお呼びくださいませ」




