第65話 名坂警部補の訪問
「なんだ、取り込み中だったか」
と名坂警部補の第一声。「ちょっと頼みごとがあったんだが、日を改めることにしよう」
「いやいや、せっかく来てもらったのに」
言って、引き止めにかかる神尾五郎だ。
五郎の許嫁を名乗る中山早苗と、何くれと世話を焼いてくれる稲田美琴の二人に挟まれ、居心地悪く卓袱台についていたところなのだ。空気を変えてくれそうな来客を帰すわけにはいかない。その辺のことを知ってか知らずか、名坂警部補が足を止めた。
「いいのか。すまんな」
と玄関先に立って、用向きを告げる。
「夏野千里を探しているのだ。結局、話を聞かせてくれなくてな。どこに住んでいるか知らんか?」
そう話すうちにも、名坂警部補の後ろから千里が部屋を覗き込み、言うな、言ったらぶっ殺すと身振りで伝えてきた。困惑した表情の五郎を見て、名坂警部補が振り返るも、その時にはもう千里の姿はない。
とにかく話は中でと名坂警部補を招き入れた。初対面の早苗に、神辺警察署の名坂ですと挨拶の上、
「こちらのお嬢さんは?」
「えーと、自分の許嫁ということになってます。ただ、それは……」
何やら言いかけた五郎を遮って、
「五郎はんの許嫁、中山早苗と申します」
「ほう、こんな素敵なお嬢さんがね」
「いややわ、素敵やなんて。五郎はんが世話になっております」
頭を下げて朗らかに笑い合う早苗と名坂警部補、そんな二人を複雑な表情で眺める美琴である。ひとしきり笑い終え、名坂警部補がいう。
「今日はまた、遠方から来られたとか?」
「ええ、まあ。五郎はんとこ、仕送りは米だけやいうし。からかいに、やなくて、心配で様子を見にきましてん」
「なるほど。それは優しいことで」
「元気そうで安心しましたわ。ことに名坂はんは今日は何用で?」
「おお、そうだった。用向きを忘れてはならんな。実は……」
と顔を五郎に向けて、夏野千里を探していること、またその理由を改めて語るのだった。




