第58話 諦めの悪い男
粉々になったドアの向こうから現れ出るのは獣じみた巨大な目。黒髪を触手のように伸ばして五郎らを捉えんとする。頼みの綱の温州蜜柑も役に立たず、黒髪に弾き飛ばされて五郎は気を失ってしまった。
名坂警部補と狭間巡査が美琴と葛音の前に立つが、もはや追い詰められたも同然だ。そばには無責任と書かれた紙を貼り付けたまま蜜柑が転がっており、
「どうせ、わては無責任一代男や。えへ、えへへ。堪忍な、みんな堪忍やで」
などと、つぶやいていた。
一方、名坂警部補は諦める素振りすら見せない。ドアを破られた際に足を痛めて動くこともままならないけれど、その目はまだ死んでいなかった。
「おい狭間、私はもう動けん。奴の気を引くから、その隙にお嬢さん方を連れて逃げろ」
「逃げろったって。どこへ? もう無理ですよ。どこへも逃げ場なんてありません!」
わめきたてる狭間巡査を手招きすると、名坂警部補がその横面を叩いてみせた。
「しっかりせんか。守るべき市民の前で、情けない面を見せるな」
「……そうでした。すいません、名坂さん。お嬢さん方は死んでも守ります!」
「死んだら守れんだろうが。馬鹿なことを言ってないで、あれを寄越せ」
言うと、狭間巡査の胸元から拳銃を抜き出し、銃底をコンコンと頭に当ててみせる。
「さあ、伏せてろよ」
「こ、こんなところじゃ跳弾が……」
「はっ、私を誰だと思っている」
ぎりぎりと引き金を絞り、七の方に向けて撃ち込まれた銃弾は、しかし、そのまま壁にめり込んだ。肉を裂くことも、血を吹き出させることもなく。
二発、三発、続けて撃つが、銃弾はすり抜けるばかりだ。七の方は歩みを止めることなく近付き、その触手のごとき黒髪で、名坂警部補、狭間巡査、葛音、美琴の四人も絡めとっていった。




