第59話 神様を、神様で
獣じみた巨大な目と、触手のごとき黒髪をもつ七の方に向けて拳銃を用いたが、弾丸は背後の壁にめりこむばかりだ。視界を黒髪が覆い始める。常人であればここで目を瞑るだろうが、名坂警部補は意地でも目を瞑らない。それは諦めるということだからだ。
くそ、離せ!と暴れる葛音の声が聞こえ、その声の先、ばたつく綺麗な足に温州蜜柑が蹴り飛ばされるのが見えた。そして、跳ね返ってくる。何に当たったのか? 疑問と直観が口をついた。
「誰か動ける奴はいないか。やはり、そいつに責任を取らせろ! 目には目を、歯には歯を! あやかしには、あやかしを! 神様には神様を! そいつを……」
言いかけた口元を黒髪に覆われて黙り込んだ。その頃には、狭間巡査も、美琴も、葛音も、黒髪に巻かれて繭と化しており、名坂警部補の呼びかけに応じる者もいないかと思われたが、誰かが蜜柑を拾い上げた。持ち上げられた小さなくまのマスコットがいう。
「ご、五郎はん。無事やったんか。そやけど、わてにはもう力がない。たいして溜まっとらんのや」
「おまえさ、紛いなりにも、一応は、もしかしたら、あるいは、ひょっとすると、神様なんだよな」
「そこまで並べやんでも。神尾家の式霊にして禍つ神、温州蜜柑とは! あ! わてのことやぁ!」
「名乗りはいらん。人間は神様を殴れないが、神様なら神様を殴れる。そうだろう?」
「え? ああ、たぶんな。でも、わては、こんなちっこいなりやさかい……」
「誰が殴ってくれと言った? そうじゃない。おまえで殴るんだよ」
「へ?」
「飼い主として、躾はちゃんとしないとな」
「ちょっと待って、わては神様でペットちゃうし。おまんは人間や。人間、神様、敬う。デゥーユーアンダスタンド?」
「ノー、アイドント」
にっこり笑って温州蜜柑を握りしめると、そんな殺生な! との叫びを無視して、七の方の巨大な目を、そいつで思いっ切り殴りつけた。




