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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第2章 Black Cats
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第52話 書き付け


 ドアの隙間から覗くのは獣じみた巨大な目だ。業風が入り込み、開けさせまいとノブを握る千里に名坂警部補も手を重ねる。さらに狭間巡査がその体を支えるが、それでも少しずつドアが開いてくる。その時、


「五郎はん、頼む!」


と蜜柑が呼びかけ、風に逆らって前へ出た五郎がドアに何かを貼り付けた。


 バタン!


 勢いよく音を立ててドアが閉まる。同時に風も止み、唄うような声も止んで、耳鳴りがするほどの静けさだ。恐る恐るドアから離れて息を吐くと、貼り付けられた紙を見て、千里が疑問を口にする。


「これは御札? どこの神社の?」


「稲田神社やな。いまは銭湯になっとる」


「よく意味がわからんね」


「わからんでええ。とにかく、清浄な札紙に神気を込めて文字を書き付けたんや。そんじょそこらの御札とは違う! なんせ、まがつ神である、このわて直筆の書き付けやからな」


 偉そうに話しているが、小さなくまのマスコットが言うことだ。わりと頼りなげである。だがまあ妖しの出来事を鎮めたのは間違いない。ドアに貼り付けられた御札を眺めて千里がきく。


「達筆じゃないか。なんて書いてあるんだい?」


「関係者以外立入禁止や」


「……そんなので大丈夫なのかい?」


「かまへん、かまへん。気持ちの問題や。そやけど、念のためや。もう一筆いっとこか」


 そう言いながら、くまのマスコットが大口を開けて、んべっと吐き出したのは白紙の束とすずりと筆だ。ちょこんと正座した蜜柑は、おもむろに墨をすりはじめ、うんうんと唸っていたかと思うと、


 よっしゃ、これや!


と一声叫んで、さらさらと白紙に何事か書き付けた。これまた達筆で読みづらいが、五郎に言ってドアに貼り付けさせる。


 新たな御札に記されていたのは、強風のため閉鎖中の八文字である。これで大丈夫やと満足げな蜜柑を除いて、誰の顔にも不安が浮かんでいたという。



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