第45話 その建物は
夏の日差しも絶えて届かぬ路地裏に黒猫の姿があった。昔は賑やかな盛り場だったのだろう。路地の両側に小さな店、バーやスナックが軒を連ねている。
夜にはそれなりに人出があるのかもしれないが、週末の真っ昼間で、人っ子ひとりいない。店の前に置かれた回収待ちのおしぼりが物哀しい。ちょうど七夕のころで、店先には小さな笹飾りが出されていた。
そもそもの始まりもいわれも時季も忘れられ、神衣と並んで飾られる短冊には何が願われているのか。さらさらと音を立てながら、薄い風が路地裏をすり抜けていく。
ぶるっと身を震わせて、ジジが歩き始めた。
はたして五郎や理奈に行き着くかどうかわからないが、四人は慌てて後を追い始めた。路地裏をあっちへこっちへ、行きつ戻りつ付かず離れず、追ってくる将吾らをちらと見て、行き過ぎては首だけを回して立ち止まり、わざと追われているようでもある。
古ぼけた看板、壊れたネオン、濡れた新聞紙に誰かが忘れた傘、延々と続く路地はどこへ向かうのか。錆びた金網に古い自転車がもたれかかり、その先、さわやかな夏空へ。
明るい通りへ出て、ジジが足を止めた。
路地で立ち止まる将吾らの目に、若い男が猫を抱き上げるのが見えた。その顔をすっと日の光が移動して浮かび上がったのは、満面の笑みの神尾五郎だ。抱き上げられた猫も慣れた様子で、安心しきったように目を細めていた。
猫を抱いた五郎は、そのまま大きな建物に入っていく。理奈のマンションじゃないか、と驚く将吾の後ろでは、無言のままの美琴が背中をぴくりとさせた。前へ回った葛音がその表情を見て、ひえっと小さく声をあげたものである。




