第39話 ぐりぐり
甲高く激しい音が響く。
ばらけて物の落ちる音が五月雨に続き、マンションを見張っていた狭間正二は思わず声をあげた。対して、
「張り込み中に声をあげる馬鹿があるか」
と叱りつけるのは、上司の名坂和也である。
ライブハウスにいた二人組、神辺警察署の刑事で、二十歳過ぎの狭間巡査と四十手前の名坂警部補である。夏野千里を探しており、その立ち寄りがないか理奈のマンションを張っていたところへ、この騒きだ。空を見上げながら狭間巡査がいう。
「なんでしょう、これ?」
「ガラスのようだが……。猫柳理奈の部屋から落ちてきたようだな。何かあったのかもしれん」
ライブハウスでの異常な風が頭をよぎる。頭上を見上げて意を決したようにいう。
「狭間、行くぞ!」
「え? 部屋へですか」
「そうだ。さっさと来い!」
名坂警部補が走り出した頃、理奈の部屋の玄関先では、温州蜜柑がいまだに死んだふりを続けていた。ふぅと息を吐いた理奈から、もう大丈夫だよと言われて、ようやく身を起こす。先の言動を思い起こせば、顔から火が出るほどの恥ずかしさであろう。だがしかし、厚顔無恥ほど怖いものはない。
「いやぁ、びっくらこいた。えらい風やったな。吹き飛ばされてもうたわ。ってか、なんなんあれ。あんなん反則やん」
「蜜柑ちゃんにも無理? 五郎さんも連れていくようなことを言ってたわ。ごめんなさい、本当に巻き込んでしまいました」
「俺のことはいいんだよ。それより蜜柑! なにが任せとけだ。まったく役に立ってないじゃねぇか」
「んなことはない! 死んだふりをしながら、じっと観察しとったんや」
「観察とな。で、なにかわかったのかね?」
「わからへん」
「ん? なに?」
「わからへん! って言うたんや! なんなんあれ。でかいし、こわいし、きしょい! 聞いたその日に来るとか、早すぎやねん。わては万能とちゃうねん。いくらなんでも、いきなしは無理や! 無茶いうな! そもそも五郎はんこそ、ぼうっとしとっただけやんけ。人のことを言う前に……」
ばんばんと床を叩いてわめき散らす蜜柑である。五郎に悪態をつくことに夢中になって、開いたドアから二人組の男に見られていることに気付いていなかった。後ろ、後ろと五郎が身振りで示すが、
「なんや? ふふん、脅かそうたって、そうは行かへんで。なんも妖しい気配はせぇへん。人の気配はするけどな。って、ん?」
くるりと振り向くと、そこには驚いた表情の名坂警部補と狭間巡査である。
「あ、やべ、見られた」
などと言って立ち上がると、くまのマスコットは二人にぺこりと頭を下げた。とてとてと部屋の方へ歩きかけるが、責めるような五郎の視線を受けて、再び、ぽてんと死んだふりを決め込む。
思わず声を失った両刑事だったが、そこはそれ、亀の甲より年の功か。名坂警部補が落ち着いた様子で警察手帳を出し、 激しい音と落下物があったな、確認させてもらおうと言って室内へ入ったものである。
一方、狭間巡査の方は、ぽてんと死んだふりを決め込む蜜柑を拾い上げた。マスコットの鼻を押し、耳を引っ張り、腹をぐりぐり押していじっていたところ、それは、ぱしんと手を払っていう。
「やめんか! ぐりぐりすな!」




