第33話 がじかじ
昔ながらのスナックや油まみれの中華屋、古い電器屋に空き店舗、いまにも崩れ落ちそうな雑居ビルの屋上に、人形のように儚げに。短く伸ばした黒髪と白い肌が印象的なその女性は、黒いドレスに身を包み、黒猫を抱きかかえて座り込んでいた。Black Catsドラムスの猫柳理奈と、飼い猫のジジだ。
鉄の軋む音がして、屋上への扉が開く。
ゆるんだ手元から抜け出した黒猫が伸びをした。その視線の先には若い男の姿があり、頭の上に、小さなくまのマスコットを乗せている。理奈を探しにきた五郎と蜜柑だが、互いにどう声をかければ良いのかわからぬ妙な間があった。
その時、ごうと風が吹いた。
不意のビル風を受けて、温州蜜柑の体がふわりと浮きあがる。人前では人形のふりをしているのだが、さすがに危険を感じて、落ちる! 落ちる!と喚き立てた。驚きながらも、風に乗るそれをつかまえて、理奈が手のひらに乗せた。
じっとしていると、なんの変哲もない人形だ。
不思議に思った理奈が、つんつんと温州蜜柑を指で突つく。いまさらながら人形のふりをする蜜柑である。ところが、すっと寄ってきた黒猫のジジが、ぱくりとその頭を咥えると、がじがじと噛んで遊び始めた。あわてる理奈、それ以上にあわてる蜜柑だ。
「ご、五郎はん。助けて! あかん、わて食べられてまう。こ、こら、やめんか。がじがじすな!」
喚き立てる蜜柑と駆け寄る五郎の様子を見て、蜜柑が何者であるかもわからぬまま、思わず笑ってしまう理奈である。自身も気付いていないが、久しぶりの明るい笑い声だった。




