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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第2章 Black Cats
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第28話 前見て歩け


 ライブハウス入口の天井には、短く伸ばした黒髪と白い肌が印象的な少女のステッカーが貼り付けられ、出入りする者を値踏みするかのようだ。その下に美琴、葛音、五郎の三人が立っていた。


 Black Catsの解散ライブチケットを手に入れて、と言うか売りつけられた五郎が、月子さんに声をかけたところ、番台は空けられないから、美琴と葛音だけ連れて行ってあげてと頼まれたのである。


 人気のバンドというのも嘘ではないようで、会場は満員だった。客層も様々で、十代、二十代が多いものの、休日の昼間で年嵩の客の姿もある。


 会場に入ると、きょろきょろと辺りを見回している若い男が目についた。さらに、その連れらしい年嵩の男は、鋭い目付きでステージを見つめている。


「葛音ちゃん、あの二人なんか変じゃない?」


 と、五郎が声をかけるも返事はない。普段の様子からは想像できないきらきらした目でバンドの登場を待っているのだった。


「まさかラストライブに来れるなんて。すぐに売り切れるんだよな。なんで解散するんだろ。早く聞きたいなぁ。私のことを覚えてないかな。無理かな。だって、もう何年も……」


 延々とつぶやいている葛音と話すのを諦め、傍らの美琴を見た。視線に気付いてにこりと笑顔を返す。その表情には五郎への感謝の気持ちが表れていた。


 耳が聞こえない美琴と、そのことに引け目を感じている葛音と、ぎくしゃくした雰囲気になっていたが、ライブチケットは思いのほか喜んで受け入れられた。葛音は、Black Catsの熱狂的なファンだったのだ。嬉しそうにステージを見つめる葛音と、それをまた嬉しそうに見つめる美琴である。


 と、狭いライブハウスのこと。立ち止まっていた美琴に、さきほどの若い男がぶつかった。軽く頭を下げた男に向かって美琴から投げつけられたのは、なんともお上品な言葉である。


「しっかり、前見て歩かんか! ぼけ!」


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