第25話 黒猫の招待状
美琴がドアを開けた時、部屋の中では若い女性が五郎に抱きついていた。純朴な美琴には少々刺激が強く、口元に手を当てて身を硬くすると、かちゃりとドアを閉めて逃げ出した。
気付いた五郎がその名を呼ぶも間に合わず、追いかける声は背中に届かない。そもそも耳が聞こえない美琴に声で呼びかけても仕方ないのだが、気が動転し、慌ててもいたのだ。
しっかりと抱きついてくる女性を乱暴に引き剥がすと、酔ったなりに気付いてか、
「人の部屋に勝手に入るな! 出てけ!」
と、そこら中の物をぶつけて五郎を締め出し、がちゃりと鍵まで閉めてしまった。
どうしたものかと途方にくれていると、さほど時をおかずにドアが開き、まだ酔った様子の女性が頭をかきながらいう。
「ここ、あたしの部屋じゃないね」
「……俺の部屋です」
「あんたの部屋? なんで外にいるの?」
「……あなたに追い出されたんです」
「早く言えよ」
「……言ってましたけど?」
「まあいいや」
いや、良くないし! と不満たらたらの五郎に、悪びれた風でもなく、へらへらと笑いながら応じる。
「さっき女の子が来てたよな。彼女? 違うの? まあ、憎からず思っていると? さっきの状況だと、あらぬ誤解を受けそうだよね。いやぁ、わりぃわりぃ」
夏野千里と名乗った女性は、お詫びにと財布から取り出したものを五郎の手に押しつけた。それは黒地に銀で、猫のシルエットが浮き彫りにされたライブチケットだった。
「いやぁ、あんた運がいいよ。こいつはね、とあるバンドのラストライブのチケットなんだ。最高のバンドだよ。特にベースボーカルがいい」
「バンド名は、BC?」
「そう、Black Catsの略だよ」
言いながら勝手に冷蔵庫を開けると、なんもねぇなとつぶやき、蛇口を開けて水を口にした。
「あたしのバンドなんだ。そのチケット、別に余りものってわけじゃないんだよ。インディーズだけど、結構、人気あってさ。これからって時に、いろいろあって解散することになっちまった。知り合いをねじ込むために残しといたチケットだけど、もう日もないし、あんたにやるよ。部屋を間違えたのも何かの縁だ。上と下とのお隣さんだしな」
「それはありがたいですけど。いいんですか?」
「いいさ、ぎゅっと抱き合った仲じゃないか」
にやりと言われて、どぎまぎしていると、続けて、はい、とばかりに片手を出された。
「知り合い価格な。100円ずつ割り引いてやるよ」
えっ? となりつつも、流されやすい五郎のこと。チケットを三枚売りつけられる羽目になった。




