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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第22話 六月の雨


 梅雨の始まり、肌寒く霧のような薄い雨が降る中を傘もささずに歩いていた。湯屋の匂いと雨の匂いが混じりあう静かな夜に、


「なにを考えとるんや?」


と、お気楽な声がする。その出所は、五郎の胸ポケットから顔だけ出した小さなくまのマスコットである。自称式霊だか神様の温州蜜柑だ。


「葛音はんのことが気になるんか?」


「まあね」


 気のない返事をしながら、五郎は美琴の話を思い出していた。歌や音楽のこととなると妙に不機嫌で感情的になる葛音のことだ。耳が聞こえず、話すのも得意ではない美琴だが、吶吶とつとつと話してくれた。



 ご、五郎さん、すいません。

 葛音のこと、悪く思わないてください。あの子は、わたしの耳が聞こえなくなったのを自分のせいと思っているんです。

 子どものころ、葛音が、おたふくかぜにかかったことがあって。そ、そのあと、わ、わたしもひどい熱が出て、数日で、ねつは下がったけど、みみが聞こえなくなって。それを葛音は、じ、自分のせいと。自分がうつしてしまったと。だから、音楽や歌のことになると、あんな風に。あの子のせいなんかじゃないのに。いい子なんです。わ、悪く思わないで。



 一生懸命話す姿に、葛音に対する優しさがあらわれていた。ふと思いついたように、


「なあ、蜜柑」


「ん? なんや、五郎」


「おまえ、神様なんだろ。運気だか神気だか知らないが、いくらかは溜まっているのか? 願い事を叶えてくれるんだよな」


「そんな便利なもんやないで。それに、なんでか知らんけど、なかなか溜まってこうへん。むしろ減ってきとる気がするんや」


「なんでだよ。なんか以前と変わったことってあるか?」


「変わったって言うたら、きみの湯に入り浸るようになったことくらい……。あ! それや! おまんの幸薄い運気の上前を撥ねても雀の涙みたいなもんやろ。それを美琴はんらと話すのに使っとるんやわ」


「え、どういうこと?」


「なんや、察しが悪いな。言うてみたら通信料みたいなもんや。本来、わての声は取り憑いとる五郎はんにしか聞こえへんわけ。それを三姉妹に聞こえるようにするのに、ちょっとずつ運気が必要なんやろ。そっかそっか、どうりで溜まらんはずや」


「なんだ、その無駄なシステム。おまえのくだらんお喋りのために運気を使い込んでいるってこと? そういえば、おまえが住んでる箱の整備にも使われてるとか言ってたよな。そっちも毎日の使用料みたいなものがかかってるんじゃないのか?」


「へ? ま、まさか、そんなことは……」


 ……あるかもしれへんなと思いつつ話題を変える蜜柑であった。


「んなことより、なんぞ願い事があるんか? 私利私欲のためやない。本当に困っとる誰かのためやで?」


「ああ、わかってる。美琴の耳を治してやってくれ」


 真摯な声音で頼む五郎だが、それを受けた温州蜜柑の返答はにべもなく、


「それはできへん」


との冷たいものだった。


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