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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第1章 きみの湯
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第23話 六月の花


 霧雨の舞う六月の夜のこと。


 一人で家路をたどる五郎の胸ポケットから、ちょこんと顔だけ出して、いつになく真面目な声音で蜜柑が答えた。それはできへん、と。美琴の耳を治してやってくれと頼んだ返答がこれだ。少し腹を立てたように、五郎が語気を強める。


「なんでだよ? 足りないなら、もっと運気を吸い取ってもいい。それとも、そもそもできないのか?」


「できても、するべきやない。耳が聞こえへんのは、不幸といえば不幸やろ。せやけど、これがなければ幸せやのに、なんちゅうのは果てもない話やで。この世のことわりのことには手は出さへん。わてができるのは、理から外れた出来事を鎮めることだけや」


「わかったよ」


「おお、わかってくれたか」


「わかったよ。てめぇが役立たずだってことがな」


「ひ、ひどい! ひどいわ、五郎はん。ちゃんと聞いとったんか? そういう流れとちゃうやろ」


「でも、そう思わなきゃ、やってられんじゃないか。二人とも良い子なのに。なんで……」


「この世の出来事に理由なんてあらへんわな。病気になる人ならん人、事故に遭う人遭わん人、報われる人報われやん人。思い通りにはならへん。できるのは足掻くことだけとちゃうか」


「そうかもしれんけど」


「五郎はん、雨は好きか?」


「ん? 雨なぁ」


 見上げると、黄色い街灯に、きらきらと霧雨が映えていた。


「好きじゃないけど悪くない、そんな時もあるかな」


「そやろ。時には雨も悪うない」


 あそこ見てみ、と蜜柑が示した先には、赤と青の紫陽花あじさいが二株、寄り添うように咲いていた。六月の夜の底、通り過ぎる車のヘッドライトに照らされ、雨に濡れた花弁が、ジグザグに、まだらに、ふわりと浮かび上がる。


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