第17話 神々の通い湯
一向に話が進まないが、きみの湯には秘密があった。深夜あるいは早朝0時、名もなき神々が浸かりにくるという。蜜柑が葛音に軽くあしらわれていたころには、すでに客神が訪れていたらしい。
「さあさあ、始めるわよ」
月子さんが、ぱんぱんと手を叩いた。「美琴も葛音も準備はいい? お客様がお待ちですよ」
銭湯入口のガラス戸を透かして、もっさりとした影が映っている。巫女装束の美琴と葛音が、五郎の視線を気にしながら軽やかに舞い始めた。美琴は鈴、葛音は篠笛を手に、シャンシャン、とん、シャンシャン、とん、と神楽を舞う。
やがて、葛音が脇へ引き、姿勢良く座って篠笛を吹き始めた。独特の伸びやかさが鈴の音に混じり、美琴の動きと合わさる。流れるような舞いに引き込まれるうちに、と、と、とん、シャン、と終わりが来た。
身を伏せた美琴が顔を上げると同時、するするとガラス戸が開き、その先に立っていたのは黒々とした土塊の如きモノだ。ところどころ雑草や木の根が飛び出ており、足があるかないかも分からないまま、ずりずりと入り込んできた。非日常的な光景に息を呑む五郎に向かって葛音がいう。
「招かれざる客のお前らがどう扱われるかわかんないよ。覚悟しときな」
「もう、脅かさないの!」
と聞き咎めて月子さんだ。「五郎さん、大丈夫ですよ。悪いモノは入ってこれませんから。名もなき神々の通い湯なんです」
「どうだかなぁ」
葛音が疑わしげに応じる。「神様と、化物とか妖怪の類いとの境目は、あってないようなものじゃないか。温州蜜柑だったか、禍つ神なんて悪いモノとしか思えないけどな」
「しっ、静かになさい」
平然と番台に座る月子さんの前に、黒々としたモノが寄せ来たり、それに向かっていう。
「初めての方ですね。入浴料は300円です」
金をとるの? と絶句の五郎である。しかも土塊は首〈?〉を振っており、どうやら手持ちがないらしい。
「持ち合わせがないのですね。では、300円分の御力をいただけますか?」
そう問われて頷いた様子のそれは、ゆっくりと浴場へ向かっていった。ぎしぎしと立て付けの悪い戸が、すっと開いて迎え入れる。ふぅと気が抜けて、ひとまず休憩といったところに、恨めしげな声が響いた。
「なあ、なんか忘れてへん?」
涙声の温州蜜柑だ。天井から吊るされた蝿取り紙にくっついたまま、忘れられていた。




