第13話 きみの湯の秘密
五郎は今日もせっせと風呂磨きだ。閉店後の清掃作業は意外と重労働だが、
「いつもおつかれさま」
と声をかけられるだけで報われる。ただ、ほんわかした月子さんにしては珍しく、
「ちょっとぐらい遅くなってもいいけど、日が変わる前には終わらせてね」
と折に触れて釘を刺された。
遅くなると近所迷惑だからかな、と深く考えることもなかったが、その日は大学の課題をしていて始めるのが遅くなった。
さらに排水口が詰まるわ、風呂桶が割れるわ、洗剤が切れるわで、どんどん遅くなり、すべてを片付けて帰る段には日も変わりかけていた。
ちっ、チッ、ちっ、チッ……
古い壁掛け時計が律儀に秒を刻み、出てくることを忘れた機械仕掛けの鳥も鳴き始める。
ぼーん、ぼーん、くるっくー、くるっくー
日が変わってしまったなと思う五郎の耳に、ごぼごぼと水のあふれる音が聞こえてきた。普段から聞いている掛け流しの音ではない。浴場から脱衣所にむかって大量の湯が流れでていた。あれよあれよという間に膝まで湯につかった。排水口が詰まったのか? それにしたって……
「こんなに勢いよくあふれでてくるわけがない」
「そや、なんかおかしいで!」
ぴょんぴょん跳ねて蜜柑が肩に飛び乗った。
「五郎はん、外へ逃げた方がええ」
「言われなくてもそうするよ!」
とはいえ、すでに腰まで湯につかり、自由に身動きできないでいた。そのうちに湯は胸元まで届き、立ち泳ぎのようにしながら出口へ向かうが、鍵など閉めた覚えもないのに戸が開かない。溜まった湯も外へ出て行く気配がなく、一気に水かさが増し、喉元まで、さらに必死に戸を叩く両手も飲み込んでいった。
熱く独特の味わいをもつ液体が、ごぼごぼと侵入してくる。自分の名を呼ぶ蜜柑の声に混じって、祭囃子のような音が響いては消えていった。




