第11話 事始めのゾウ
五郎は、文化住宅近くの銭湯『きみの湯』でアルバイトをすることとなった。やがて日常の一コマとなっていくわけだが、何事にも最初があるわけで、今日が初めてのアルバイトだ。
銭湯を閉める午後10時から清掃に取りかかり、約1時間ほどの作業となる。その前に賄い飯というか、お呼ばれみたいなもので、午後7時頃、夕食を馳走になる約束だった。
番台に座る月子さんから母屋の方へ回ってと言われて訪ねたところが、稲田と表札のある小さな玄関だ。古い平屋で、銭湯の空気とつながっているような温かい雰囲気があった。
声をかけると、はいはいと稲田葛音が引き戸を開けて、また閉じた。
「ちょ、ちょっと。なんで閉めるの?」
「うるさい。何しに来やがった、変態め!」
「ひ、ひどい。誤解だよ、誤解。あれは、ちょっとした事故みたいなもので……」
「事故だとぉ」
と、引き戸を少しだけ開いて五郎を睨む。「嘘つけ! スーパーで美琴に声をかけたらしいじゃないか。天地神明に誓って下心がなかったと言えるか?」
「う、それはもしかすると少し……」
「帰れ!」
ぴしゃりと戸を閉められた。
「今日はアルバイトの人が来る予定なんだ。お前なんぞに構ってられないの」
「あ、それ俺だけど?」
との返答に、葛音が無言のまま少し戸を開くと、胡散臭そうに見ながらいう。
「嘘つけ、パオーン」
「パオーンって、俺のこと?」
「そうだ。んなことより、どういうことだ。アルバイト? お前が?」
「浴場の清掃だよ。入浴無料、賄い付きって」
にこにこという五郎の眼前で、葛音がぴしゃりと戸を閉めて鍵をかけた。どたばたと足音を響かせて、しばし待つと、また足音だ。戻って来た葛音が、じりじりと引き戸を開けて嫌そうな顔でいった。
「……仕方ない。入れよ」
どうやら何も聞かされていなかったらしい。だって、絶対いやだっていうでしょう? と柔らかくも押しの強い月子さんの様子が目に浮かぶようである。




