第104話 極道の女
名坂警部補によれば、どこか肝が座ったふうな婆さん。また温州蜜柑は、婆さんに昔のことを聞いてはならんという。なにかと気になる大家の婆さんである。いつから大家をしているのか、昔はどうであったのか聞いてみた次第。語って曰く。
私のこと? こんな婆ちゃんの話なんて本当に聞きたいの? じゃあ話してあげましょうか。せっかくだから、若い人に相応しい恋の話を。
世間の叔父さん、叔母さん、爺ちゃん、婆ちゃん、みんな若い時があって、子供の頃があって、母親があり、父親がいた。そう考えると不思議でしょう?
私もそう、生まれた時から大家の婆ちゃんだったわけじゃないの。でも、生まれた時から極道の女だったわ。あら、驚いた? 怖がらないでね。いまはもう堅気だし、組も無くなったから。
古い極道の家で、組長の一人娘として育てられ、なかなかの放蕩娘になったものよ。男衆は何でも言うことを聞くし、街へ出ても逆らうような馬鹿はいない。本当は、それを当然と思っていた自分こそが馬鹿だったのだけれど。
とは言え、戦争が始まって組の連中も兵隊に取られていくし、シノギも減って、やがて空襲が始まり、一時は組も途絶えたようになった。
私が本当の馬鹿になったのは、戦後の闇市盛んなりし頃のこと。復員してきた若い連中を引き連れて、我が物顔で闇市を闊歩していた時、小汚い高架下のバラックであの人に出会った。戦地で片眼と片脚を失くし、母国でも家族を失くした悲しい人だった。




