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湯けむり怪異譚「ぶらぶら」  作者: 秋野きつ
第4章 恋する季節
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第103話 ケーキと珈琲を供にして


 玄関の土間で温州蜜柑が泡を吹いて倒れていた。それを佳乃が抱き起こす。


「ちょっと、しっかりしなさいよ」


「わてはもうあかん。最期にクッキーが食べたかったと五郎はんに伝えてくれるか」


「あきれた食い意地ね。ちゃんと仏壇に供えてあげるから安心おし」


「わ、わては神様やでぇ。神棚にしてぇな」


 がくっと首を落とした蜜柑を激しく揺さぶる。


「そんなこと、どうでもいいわよ。それより、なんなの? なにがあったのか言いなさいって。あなたの変な力で、大家の婆様の過去だか記憶の断片を覗いたのでしょう? いったい何を見たのよ」


「んぐぐ、こ、こら、揺さぶるんやない! ええか、婆さんに昔のことを聞いたりしたらあかんぞ。わてが言えるのはそれだけや」


 再び、がくっと首を落としたところへ大家の婆さんが戻って来て、気付かずに蜜柑を踏みつけた。


 けぺっ、と変な音を立てて潰れ、完全に沈黙した蜜柑をそのままに、婆さんが秘蔵のドリップ珈琲を持ち込んできた。昔のことを聞くなという蜜柑の遺言だが、聞くな見るなと言われれば、聞きたくなり、見たくもなるのが人のさが。美琴の手作りケーキと珈琲を供にして昔語りへと至るのだった。


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