国境線の戦い④
建物の入り口に、到着した瞬間———砂嵐が止んだ。
いや、正確には———土煙を巻き込みながら空に舞い上がって行った。
もしや、と思い頭上を見上げると、ここら一帯の空が茶色く濁っていたのだ。
恐らく、ミダは俺が建物へ踏み込むのを確認した後、自身の〝風魔術〟を次のフェーズへ進めたのだろう。
屋内に『赫鞭』が潜んでいたとして、入口や吹き抜けから、土煙が吹き込む量は知れているので、このまま地上に風を巻き起こすより、土煙を上空に上げて、二人の戦闘を有利に進める方が賢明な判断と言える。
二人の戦況を見たが、大丈夫そうだった。それに、早めに戦闘を切り上げて俺の方へ応援に来てくれれば、かなり心強い。
だからこそ———二人が到着する前に、俺が『赫鞭』に楔を打たなければ。
廃墟の中は、ところどころ家具が砂を被っていたり埃まみれであった。これは以前からか、それより砂嵐後から〝この状態〟だったのだろうか?恐らく後者だろう。
———この状況は有利に働くかもしれない。
もし、『赫鞭』の足跡が残っていたり、『鱗翅操』を使い〝ドーム〟のような形で砂嵐を防いでいた場合、その痕跡を消すのに時間がかかる。
わざわざ、痕跡を消すようなまどろっこしい事はしなくとも、俺が建物に入る前に迎撃すればいいだけだ。
しかし、そう思考してしまうと『迎撃が無かった』時点で———『そもそも、この建物に居ない』と考えてしまう。
いや、考え過ぎかもしれない。今はやる事をやらなくては。隣の廃墟を捜索するにせよ、まずは、今居るこの建物に居ない事を確認する事が優先だ。
『赫鞭』の居場所、———本命はバルコニーのある三階、次点で二階だな。なるべく、高い位置から〝ドームが存在した場所〟を狙いたいだろうから必然的にその結論に行き着く。
少しの間、一階を捜索したが特におかしな様子は無いので、俺は二階へと足を運ぶ。
やはり———この階も土や砂が酷い。
敵の足取りを掴むの分にはいいが、逆に足を踏み入れれば俺の足跡が残ってしまう。そんなことを考えながら、捜索していると〝ある物〟を目にする。
それは、壁に掛けられた武器の存在だ。
武器は壁に二つ掛けられており、一つは薪割り用と思われる斧で、もう一つはミダのダガーよりも少し刃渡りが長い短刀が確認できる。
両方とも刃が錆びているようだが、ないよりマシ。ちょうど手持ちが無く、心許なかったので俺は短刀を手にする。斧は武器として扱ったことが無いので却下した。
短刀についても、欲を言えばもう少し長さが欲しいところだったが、状況が状況なので贅沢は言えない。
———短刀を持ち、二階を捜索するが奴の居る気配は無い。
そして、俺は本命である三階に昇る。緊張感から肩に力が入る。ここに居る可能性は高いが、まだ隣の建物も捜索していない———そっちに居る可能性も十分あり得る。
———そうだ、緊張感は大事だが、気を張りすぎてもいい事はない。いざという時、冷静な判断が出来なくなる。
肩の力を抜かないと、———そう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。
———いよいよ三階だ。俺は一段と気配を潜めて三階に到達する。
ここも砂や土煙が吹き込んでいる様子だ。
真っ先に一番潜伏している可能性の高い、バルコニー近くを確認するが痕跡は見られない。
特にバルコニーの周辺は一階二階と比べて、土や砂がかなり積もっている。
ミダの起こした砂嵐の影響は想像よりも大きいようだ。
それにしても、三階までもこの有様か———次の瞬間、俺は以外なものを目撃する。
それは、角部屋を捜索しようと立ち入った時———その部屋の天井からパラパラと砂が降ってきていた。
天井の一部分には〝木の板〟が被さっており、恐る恐る、短剣の切先を使い板を少し横にずらすと———なんと、その隙間から上を覗きこむと、そこには空が広がっていた。
天井裏じゃない!?———この建物、屋上があるのか!?
もしそうなら、梯子が何処かにあるはず。いや、元々この部屋にあったのでは無いか?もしも屋上に『赫鞭』が居る場合、他の者が登って来られないように『梯子ごと屋上に運ぶ』はずだ。
それに、この部屋に梯子があれば、追って来た人物は屋上の存在に気付くかもしれない。
無理矢理、上まで昇るか?それだと物音が聞こえてしまう。
あるかどうか、分からないが———もしかしたら、予備の梯子が他の部屋にあるかもしれない。
そろりそろりと部屋を後にして、梯子かそれの代わりになるものを探す。
俺の身長だと、勢いをつけてジャンプしなければ届かない。
———なにかないか。
梯子を捜索しながら、思考する。屋上は完全に盲点だった。
この建物を発見した時、『赫鞭』は砂嵐を防ぐ為に『赫鞭』屋内で狙い撃つタイミングを見計らっていたと考えていた。
だが、室内は土や砂が被っており酷い状況だ。それに、〝長剣使い〟が行ったように〝ドーム〟展開を室内で行った形跡が見られなかった。
『鱗翅操』で、砂嵐を防げるのであれば、屋外に居ても関係ない。ただ、『鱗翅操』で身を守った場合、砂や土煙がその周りに纏わりつき、自身の居場所を敵に悟らせてしまう。
———そうか、だから屋上なんだ。一瞬、一つの可能性が頭をよぎる。
そもそも、屋上に『鱗翅操』で〝ドーム〟を形成すれば、場所によっては『地上の位置からは死角になる』———そうなれば、『赫鞭』側からも〝長剣使い〟が展開した〝囮のドーム〟の周囲は死角になるので、敵が周囲に現れても『赫鞭』は〝それ〟を目視する事は敵わない。
———だが、『上空の視点』を使って視認できるのであれば、その問題は解決する!!
予備は無いか捜索しているが梯子は発見できない。
バルコニー近くを通った際に、積もった砂を見て思いつく。
この砂を利用してバルコニーから屋上に登れるのでは?このまま二階と一階に戻って梯子を探しても、予備の梯子が存在する保証はどこにも無い。それに対して、そんなに時間を割いている場合でもないだろう。
『赫鞭』が潜伏している状態であれば、まだマシだが、〝長剣使い〟と〝双剣使い〟を援護する為に、シェインとミダの方へ向かわれては厄介だ。
———やるしかない!!
バルコニー側から屋上へ昇れば、〝ドームが展開〟されていた方向が正面に位置するので、『赫鞭』から攻撃を受ける可能性が高くなる。
だが、今は時間が惜しい———俺は覚悟を決める。
それに、『赫鞭』が正規のルートで屋上へ来るかもしれない、と考えていた場合、これは敵の〝虚〟をつける行動だ。
そうだ、悪いことばかりじゃない。
決心を決めた俺は、積もった砂の上から飛び———勢いよくバルコニーの塀を蹴り出し、屋上へ飛び移った。
屋上の状況を確認するより前に、俺は即座に短剣を構え、臨戦態勢になるが、そこには〝誰も居ない〟。
『鱗翅操』で〝ドーム〟が形成されていた痕跡も存在しない。寧ろ、砂や土が殆ど存在しない———いや、これはミダが砂嵐を上空へ飛ばした影響だろう。
屋上の床には、異常と言えるものは確認できなかった。
瞬間———俺の目に飛び込んできた光景は、奇妙なものだった。
その正体は宙に浮く、一辺、三十センチくらいの『三角形の鏡』———それも三つ存在する。
それは、床から二メートル程の位置で、ゆっくりとクルクル回転しているものもあれば、固定されたようにピタッと、その場で滞空しているものもある。
これは間違い無く、意図的に存在する物だと判断する。敵の〝能力〟か?それとも〝魔導具〟か?
クルクル回転する鏡に俺の姿が写る。驚き、軽く体勢を崩すが転倒はしないで済んだ。
鏡なんだから正面向いたら、写るのは当然だろ!と自分にツッコミを入れる。
———刹那、臨戦態勢の俺の感知能力が、魔力の気配を探知する。
魔力の発生源は、廃墟が二棟並ぶこの建物から数十メートル離れた展開〝廃墟街〟からだ。
魔力の発生した時間は僅か一瞬、刹那と言える程の僅かな時間だ。
臨戦態勢でなければ、感知のしようが無かっただろう。
そこは建物が複数並ぶ為、どの建物から発生したかは分からないが、間違い無くその方向から魔力の気配がした。
———この魔力反応は『赫鞭』のものか?
そう考えたのも束の間———突如、腹部に激痛が走り、熱さが広がる。
「———ッ!!熱い!!」
思わず腹部を押さえるが、———痛い!!それに、とても〝熱い〟!!
焦げた匂いと共に、胴体の内側が沸騰したように熱を持つ。
痛みに耐えながら、自身の腹部に視線を送ると、そこは〝真紅〟に染まっていた。
攻撃されている!!———まずい、止血しなければ!!!
このまま屋上に居たら危険なので、俺は素早くバルコニーに飛び降り、建物内へ腹部に砂が付かないように、即座に駆け込んだ。
そして、来ていた衣服を脱ぎ、止血しようと試みたが———衣服に砂が付着しており、止血するには向いていない。
次に目に入ったカーテンだが、それは砂で汚れているから、これも論外。
痛みに耐えながら苦悶の表情で、部屋の中をぐるりと見渡すと、衣装棚を見つける。棚の中を端から順番に漁り、かろうじて衣服を発見する———廃墟でも意外とあるものだな。
その衣服は、かなり古く衛生的によくないが、砂が付いていないだけマシだ。
患部を確認すると、臍の横———右脇腹辺りに綺麗に線を引いた熱傷のような傷口が確認できる。
一旦、発見した衣服を破り、胴体をグルグル巻きにして止血する。正しい止血方法なんて分からないから、とりあえず応急処置だ。
くそッ!!やられた、やはり迂闊だったか———虚を突くつもりが、逆に奴に虚を突かれた。
慣れただけかもしれないが、一分も経たないうちに、意外と痛みが引いてきた気がする。止血のおかげか出血も殆ど無くなっている———止血の際、傷口が熱で焼かれたように見えたが、そのおかげか?
———出血は、一旦大丈夫そうだ。
せめてもの救い———収穫もあった。
俺に攻撃してきた奴は、『赫鞭』で間違いないだろう。それに、奴の居場所も方向だけなら特定できた。
問題は行動が制限された今、十数メートル離れた建物に居るであろう『赫鞭』に、どう接触するかだ。




