国境線の戦い②
突風が巻き起こり土煙が舞い上がる光景は、もはや砂嵐に近いものだ。
想像よりも視界が悪い。だが、そんな状況だろうと関係ない。
俺は、黒い全身甲冑の人物———『赫鞭』を見つける為、目を凝らして辺り一帯を見渡し捜索する。
ミダが、どれくらい〝この状態〟を維持できるか不明だ。
それ故に、———『赫鞭』を一刻も早く見つけ出し、奴に対して俺の〝能力〟を使わなくては。
四人の交戦している近くに視線を送り、その周囲一帯をくまなく注視するが、奴の姿は目視できない。
それなら、———〝ネスト〟の近くで奴は待機しているかもしれない。そう考え、国境線へ視線を向ける。
彼女の発動した〝風魔術〟の発生場所から、国境線までは少し距離があるにも関わらず、〝ネスト〟のある国境線付近では騒ぎになっているようだ。
〝ネスト〟付近にいる、往来する人々の空気からは動揺に似た雰囲気が感じられる。
そんな、国境線を行き来する人々とは違い———意外にも、ミダとシェインが交戦している〝銀メッキ〟の二人からは、ミダの魔術の発動時こそ気を取られたようだが、すぐに持ち直した様子で今となっては動揺が見られず、通常通り二人と剣を交えている。
恐らく、俺たちが上空に向け目眩しをしてくる———そう想定していたのでは無いか?それとも、動揺を感じ取られないように振る舞っているだけか?
そんな不安が頭をよぎる———が、しかし、敵も〝この砂嵐〟が暫く地上に停滞するとは考えないだろう。
一方で、ミダとシェインは風が巻き起こった一瞬の混乱に乗じて、交戦する相手を入れ替えていた。
ミダは〝長剣使い〟と戦い、シェインは〝双剣使い〟とそれぞれ相対している。
これは、戦い方や能力が割れている〝長剣使い〟の方が不確定要素が少ない故に、ミダが相手となっているのだろう。
しかも、〝長剣使い〟は初めの接敵時に、右足の甲と腹部に手傷を負わされている。
ミダ本来の戦闘スタイルは、〝ダガー〟の二刀流だろう。だが、現在は一本での戦闘を強いられている状態だ。それに加えて、肩を負傷している彼女にとって、本来の力を十分に発揮できない状態と思われる。
負傷しているという面では、シェインも同様だ。その負傷具合は片腕を失っているシェインの方が、ミダよりも重いだろう。
———だが、シェインには剣を自在に操る〝能力〟がある。
ミダから『鱗翅操』の話を聞いた時、真っ先に俺は逃走前に、シェインが飛ばした〝仕込み刀〟を思い浮かべた。
膂力で飛ばしたか、能力によって飛ばしたかは不明だったが———当時は、もしシェインの〝仕込み刀〟を飛ばしたものが能力だった場合、『鱗翅操』はそれに近しいものだろうと想像した。
今となっては、それが能力によるものであった事が判明したからから———『鱗翅操』についてはイメージがしやすくなった。それがシェインの能力とは、少し異なるものかもしれないが……。
いずれにせよ、シェインの能力がどういう仕組みのものかは断定できないが———この能力は、かなり強力な力だと推測する。
よって、手の内が不明な〝双剣使い〟の相手をシェインが務めていると考えられる。
———四人の戦況は、ミダと〝長剣使い〟は拮抗している。
一方で〝双剣使い〟とシェインの戦闘は、隻腕にも関わらずシェインの方が優勢な印象だ。
それにしても、———不思議だ。
シェインは〝いつ〟認識阻害の術を発動した?
戦場でミダと合流した時点か、それより前に———既に〝認識阻害の術〟を使用していると考えられる。
現に、ミダとシェインの交戦地帯から〝ネスト〟まで数十メートル離れているとはいえ、国境線付近の人々は四人の戦闘地点の方向へ視線を向ける事があるが、騒ぎになる様子はない。
騒ぎにならないのは、砂嵐が酷く視認できないから?
———否、この状態は、少し前から続いている可能性が高い。
思い返してみれば、国境線でミダが〝長剣使い〟に突撃された瞬間から、その状況は続いていると仮定できる。
つまり、〝認識阻害の術〟は発動している———そう断定する事ができる。
今まで〝認識阻害の術〟の効果が発動している事に、気付かなかったのは『俺がシェインとミダの姿を認識できている』———これが原因だ。
俺は既に『シェインに認識されていた』という状態だったことになる。もしくは以前、任意でシェインに選択されていたので、再度発動した際には術の効果適用外にする〝任意選択〟が省かれたのだろうか?
いずれにせよ、認識阻害が発動中の場合———現状の交戦状態には違和感が残る。
土煙は、上空まで巻き上がってはいない。しかし、俺が想定していたよりもミダの魔術の力は凄まじく、風はかなり強く吹き荒れている。
それにより、———当初の想定より視界は悪い。
そう、俺の疑問は———こんな状況下で、『上空の監視者は戦場を視認できている』というのか?
俺は『赫鞭』の探索を続けながら、思考を巡らせるが、答えは出ない。
これ以上考えても、どうしようもないと結論付けた時———視界の端に〝奇妙なもの〟が映る。
〝それ〟はミダの交戦地点から、二十メートル程の離れた位置———長剣使いの後方に存在した。
ミダは〝長剣使い〟を、挟んだ正面に〝それ〟は存在するが、戦闘に集中して、気付いてないかもしれない。
〝長剣使い〟でさえも、自身から二十メートル後方に展開されている〝それ〟に気付いていない様子———というよりも、〝それ〟は〝長剣使い〟の後方に存在するので、完全に奴の視線の外に位置する。
土煙の中で、視界は良好とは言えない状況だが、俺の位置からは、確かに———それは確認できる。
その存在は、地上高にして二メートル程の〝歪な半球状〟の〝ドーム〟を形成していた。
〝それ〟に視線を合わせ目を凝らすと、巻き上がる砂や土が球体に張り付いては剥がれて行く、といった具合に〝空間投影されたような立体的な半球体〟が歪に形作られている。
あれは———なんだ?
間違いなく言える事は、意図的に造られたものであるということ。
———何故、〝これ〟は現れた?
意味がない存在が、このタイミングで現れたとは思えない。
考えろ、それの意味を———恐らく、『赫鞭』絡みだ。
『赫鞭』は『風景に溶け込む』黒い鎧を纏っている。それは、攻撃もしくは人や物に触れられたら、風景に溶け込む『透明状態』を解除されてしまう。
奴の能力は、『光の照射と反射』だ。あの歪な球体は実体……とは言えないかもしれないが、少なくとも、この世の物質である〝砂〟や〝土〟に干渉できている。
つまり、光では無い———じゃあ、〝銀メッキ〟としての能力!?
銀メッキの保有する能力は『甲纏』と『鱗翅操』だ。
———『甲纏』は肉体と精神にプロテクトをかける防御術———なら、『鱗翅操』はどうだ?
『鱗翅操』は、離れた物体を引き寄せたり、逆に吹き飛ばしたりできる『念動力のような能力』———これなら、可能なんじゃないか!?
これは予想に過ぎないが、『赫鞭』は土煙や砂嵐を防ぐ役割で『鱗翅操』を〝ドーム状に展開している〟のであれば、この説は成り立つ…!!
しかも、奴は———それほど、透明化を解除される事を恐れている…!?
———もしかして、一度『透明化を解除』されてしまうと、『透明化を再び発動するまでに時間がかかる』可能性が高い…!?
いや、あり得るぞ…!!そもそも『赫鞭』の姿が目撃された状況もおかしい。
そもそも、攻撃を受けて透明化が解除された後でも、その後再度能力を使い風景に溶け込んで、目撃者を仕留めればいい。
俺が『赫鞭』の能力を有していたら、確実にそうする。
でも、実際は目撃者を逃したせいで、自身の外見や能力について情報が出回ってしまっている。
———奴の能力において、それは致命的だ。
それなら、何故『赫鞭』は敵を逃した?
答えは———『仕留められなかった』からだ。
敵に攻撃され透明化を解除された後、直ぐに透明化が使えなかった。そう仮定すれば、目撃者が存在する事は納得できる。
いや、もしかしたら———〝それ以上〟かもしれない。
奴の能力が『光の照射と反射』ならば、片方が使用不可になるとは考えにくい。
元々は『光の照射と反射』で一つの能力として、一括りにされているなら———『照射と反射』の両方とも再度能力を発動するには、時間を要するのでは?
この仮説が正しければ———当時の、『赫鞭』にとって、目撃者を仕留めることは愚か———寧ろ、その戦場から逃亡すること。それすら、奴にとっては命懸けだったのではないだろうか?




