旅の帰路③
「そろそろ、さっきの話の続きを聞いてもいい?」
馬車が離れていくのを確認した後、ミダに銀星と金星の違いについて尋ねる。
「そうだね、これくらい離れたら話せるね。」
ミダは小さく頷き、承諾する。
「まず、金星と銀星の話をする前に、ラプトは〝瑆〟や〝星態現象〟は知ってる?」
ミクロス?クレノス?金星と銀星について、ミダから話を聞けると思ったら、さらに知らないワードが出て来た……。
「その顔は、知らない。という顔じゃのう。」
俺の感情が、あからさまに表情に出ていたようだ。
「そうじゃのう、ミダの代わりに儂が教えよう。先に、〝瑆〟についてじゃが、これは儂らの居る地球上に漂っている〝小さな生き物〟のことじゃ。この生き物は、通常は目で見る事はできんが、ごく稀に感性のずば抜けた者や〝特殊な眼〟を有して居る者は視認できたり、視認は出来ずとも存在を感じ取ることが出来るのじゃが……そんな者たちは、この世にそうそう居らん」
「通常では見えないって、なかなか遭遇できない存在……〝精霊〟みたいなものかな?」
シェインの話を聞いて、俺は真っ先に〝精霊〟の存在が頭に浮かんだ。
「おっほっほ、ラプトは頭の回転が速いのう。儂ら……これまで精霊について、研究して来た者たちの推察では、精霊は〝瑆〟が突然変異…もしくは成長した姿じゃと予想されておる。瑆は知覚出来んが、〝精霊〟は知覚できる、という者は意外と居たりもするんじゃ」
精霊を知覚できる人は意外と多い、ということか。逆を言えば、さっきのシェインの話にもあったが〝瑆〟を知覚できる人は、かなり限定されるという事だろう。
「まあ、それは〝瑆〟を知覚できる者に比べて、多いというだけじゃがな。この事から、〝精霊〟は〝瑆〟が集合する事により、存在が濃くなって知覚しやすくなっておる。という説を提唱する者も居て、その事から、精霊=〝瑆〟の集合体という説もあるんじゃよ」
「瑆については、だいたい分かったよ。次は〝クレノス〟について知りたい!」
「ええよ。〝星態現象〟は〝瑆〟の動きが表面化して、儂らの居る現実の空間に異常をきたす事を言うのじゃ」
「〝瑆〟って常人は知覚できないんだよね…?どうやって〝瑆〟が、現実空間に異常をきたしたって確認するの?」
単純な疑問だ。知覚できないものが現実空間へ影響を与える。ということは、常人へも認識できるような影響を与えている、と受け取れる。
それとも、その行為を確認する術が存在するという事だろうか?
「〝星態現象〟が発生したどうかは、主に〝法木天〟にある、泡に包まれた〝樹〟通称ディアが定めておる。星態現象は現在までに8件発生しており、それら全て〝ディア〟が観測して〝Ⅰ〟から〝Ⅷ〟までナンバーを振っておるのじゃ。」
〝ディア〟という樹が星態現象を観測しているのか。しかも、これまでに8件発生しているって……かなり発生頻度は低いのか?
「ちなみに今向かってるデカードの一国は、ちょうど1年くらい前に8件目の星態現象である星態現象Ⅷが発生した場所だよ。私達が今から行くルートでは当然だけど、その国は通過しないけどね」
ミダは冷静に語る。星態現象Ⅷ……つまり、8件目って事は1番最新のものだ。それが発生したのが1年ほど前か、7と8の発生期間の間も1年ほど間隔が空いているのだろうか?
「7件目の星態現象から、昨年の星態現象Ⅷまでは、約6年くらい空いてるね」
俺の考えを先回りするように、ミダは俺の顔を横目で見つつそう答える。
「6年ぶり……じゃあ、次発生する星態現象は5年後くらいに発生するのか?」
「うーん………それは分かんないね!星態現象の発生は不規則だからね。でも、もしも星態現象が、この世のどこかで発生していたら、〝ディア〟が見逃すとは考えられないし、法木天が何らかの理由で星態現象の発生を隠蔽したり、発生場所周辺の国に箝口令を敷いても広域的に星態現象を観測できるのは〝ディア〟だけど、先生も言ったとおり〝特殊な能力を持った者〟や〝感性が頭抜けている者〟は星態現象以前に〝瑆〟を認識できるし……」
ここでミダの言葉が詰まる。何か言えないことでもあるのだろうか?それとも言いづらいことか?
「おほん。続きは儂が話そうかのう」
シェインの問いかけに、ミダは小さく頷いた。
「まず第一に、星態現象は一般の者に対しても害を為すのじゃ。1番最近発生した星態現象である星態現象Ⅷについて説明しようかのう」
シェインの視線はミダを一瞥した後、ミダは伏し目がちにコクンと頭が揺れた。
「星態現象Ⅷは先ほど言ったように、およそ1年前に発生した星態現象で発生場所は、デカードの一国〝アーカテボ〟じゃ。今現在、そこは国としては機能しておらず、土地は空白地帯のような扱いで、デカード内のどこの国も、侵略して自国の領土にしようとは考えておらんようじゃ」
「それは、何かの……条約のようなものが存在する訳じゃ無いよね?自国の土地にしようと思えば出来るけど、あえて侵略していないってこと?」
シェインの語り口から、デカードの他の国は〝自国の領土にしたがらない〟理由があるように感じた。
「そうじゃよ、侵略できるがしない。その理由は、昨年アーカテボで発生した星態現象にあるのじゃ」
なるほど、ここで星態現象の話に繋がるということか。
「そうじゃのう……まず、観測時刻から言うと昨年、676年2月20日の午前11時前に法木天の〝ディア〟が小国密集地帯の〝アーカテボ〟で星態現象の発生を観測。細かな発生時刻は不明じゃが〝ディア〟が観測した時刻から、数時間から1、2日前に星態現象が発生したと予測できる。この発生から観測するまでの差は、星態現象の原因である、瑆の力が一定以上強まった時か、星態現象が治まって瑆の動きが沈静化したから、観測できたのかは定かでは無いし、観測時刻はもともと不規則で規則性が無いのかもしれん」
ディアの観測は、星態現象が発生した瞬間に感知できる訳ではなく、時差が生じるということか。1、2日前の可能性があるとするなら、もしかしたら去年の今日、2月19日に発生したかもしれない。そんな場所の近くを通るのは、何かの巡り合わせのような予感がした。
「法木天から、アーカテボへ派遣された金星1名、銀星3名の計4名が星態現象の調査を行ったんじゃが……法木天がアーカテボへ到着時点で———町中の人々は、目や鼻、耳から出血が見られ、倒れておったそうじゃ。家屋の中も見て、当時、アーカテボを治めて居った統治者や、その護衛騎士が居る居城も見たが、居城内の者も皆倒れておった」
「統治者って……アーカテボの王様って意味だよね?」
シェインの話を聞いて、俺の頭が想像する事を拒んでいる。アーカテボで発生した星態現象とは、それ程までに理解し難い光景だ。
「うむ、アーカテボの王という意味で間違いない。ちなみに……目、鼻、耳などから出血しておった者たちは、法木天が調査した結果、皆———例外無く死に至っておる」
「マジかよ……一つの国の人が全員……」
町中や家屋だけでなく、城の中まで例外無く殺してしまうもの、それが星態現象というのか?
小国といえど、騎士や武人はいるはず……そんな国の人々を丸ごと………。
「全員が死亡してはおらんよ。生存者2名……正確には1名じゃが、それ以外は死んでおったそうじゃ」
「…………正確には……1名?」
どういう事だ……発見後に死亡した?………もしくは、生存確認後に行方不明になったのか?
「調査当日の生存者は2名じゃったが、内1名は発見時から理解不能な言語を並べておった。それは、言語とは呼べない様な言葉の羅列であったり、呻き声を上げており、眼球がそれぞれ違う方向を向いておったそうじゃが、確かにその時は生きておった。そして発見から約2時間後に、その者は小さく何かを呟きながら息を引き取った。という内容が記録にあるのう」
俺の額から眉間と頬をつたって、汗が地面に滴り落ちる。身体が熱いのに冷たい、こんな話を聞いて俺の身体は冷静でいられる訳がなかった。
「……具合の悪くなる話しじゃからのう。もうすぐ小国密集地帯に入るし、この話はここら辺にしとこうかのう」
俺を気遣い星態現象について、話を切り上げようとしている。
「いや…続きがあるんだよね?……あるなら聞きたい」
身体は拒絶しても、好奇心には勝てなかった。
「うーむ………そうじゃのう。続きは話すが、それはデカードに入ってからにしよう!」
「うん!そうしよう。シェイン、ありがとう」
どうやら、俺を一度冷静な状態にしてから話を再開するつもりだろうか。かなり気を遣わせてしまった様で申し訳なく感じた。
「お〜〜〜〜あった!あった!」
ミダは目を細めて、何かを発見したようだ。
どうやら、遠くにある大きな石を指差している。俺も目を細めて確認する。サイズは成人男性でも余裕で座れる程の大きな石だ。
「先生、ありましたよ!〝2〟です。これで〝カーテボ〟に転移できますよ!」
「〝カーテボ〟……?」
また知らない名前が出てきた。名前からするに、〝アーカテボ〟に似ていることから、おそらく小国密集地帯の一国と予想する。
「小国密集地帯の一国で、今から通過する国だよ!」
やっぱり!予想的中。そんな態度が露骨に顔に出ていたのか、ミダは俺の顔を見て『なんだコイツは』という調子に乗るな、と言わんばかりの目つきでこちらを一瞥する。
「ドヤ顔してるラプト君に質問でーす。これから小国密集地帯に行きますが、キーレンスまでは小国密集地帯にある、どこの国を通過しますか〜?全て答えよ!!」
「は…はぁ!?そんなの知らないに決まってんだろ!!一つはカーテボだけど……他を知る訳ないだろ!」
「残念!不正解!答えはカーテボ、サルテボ、スーナテボの順番でした。〝スーナテボ〟から〝キーレンス〟までは魔道具を使って転移します!」
ミダはこれでもかという程、勝ち誇った表情で俺を見つめている……というより、ガン見である。
やはり、この女とは仲良くやっていけない事を改めて実感した。無視しよう、ミダへの対応はこれが1番だ。
「おっほほ、姉弟みたいじゃのう」
……!?……そのワードは聞き捨てならなかったが、シェインは悪気なく言っている様子なので、その言葉に対して突っかからないでおこう。




