10話 コートの男
男は目の前の少年に対して思考していた。
———咄嗟に魔力で守っただと?私の蹴りは、予備動作が無いに等しい。
その蹴りをタイミングよく反射で防ぐことが可能なのか?
それとも…私の気配の変化を読み取って事前に魔力操作の準備をしていたのか?
いや、後者は考えにくいな。外見だけで言うならこの少年はせいぜい10歳前後だろう。
先ほどの私の蹴りは魔力を一切込めていない、どれだけ魔力感知に優れていても事前に予知して防ぐなんてことは不可能だ。
それ故に俺は敵に尋問する際に、あえて魔力を込めずに素の膂力だけで渾身の一撃を相手に打ち込み、内臓や骨を砕く。
そうすれば相手は自身の魔力操作がままならない状態になり、私は尋問をスムーズに進めることが出来るのである。
その一撃を予測して防ぐなんてことは、卓越した武人でも無ければ難しいだろう。
………あり得るなら前者だ。
ほぼノーモーションの私の蹴りを、超人的な反射神経で知覚して防いだ。
この少年の超人的な反射神経、生まれながらの才能———私はそう結論を出した。
***
「答えろ。どこの国の所属だ?お前の他に仲間は何人居る?」
そう言うと男は再び、うずくまり四つん這いになっている俺のうなじに刃を向けてきた。
どこの国のものだ?そんなのバトメに決まっているだろ!!!
そう叫びたかったが、心の中に留めておく。
それに、仲間なんて居るわけないだろ…………いや———ロイが居る!!
ラプトムルランの頭の中に、兄であるロイの姿が浮かんで来た。
まだ生きる希望を無くすには早い。せめて死ぬならロイの無事を確認してから死んでやる。
そうだ、なぜ俺は忘れていた…父と母は亡くなった………じゃあロイはどうなった?
ロイは鍛練場から、家に帰るためにまっすぐ進んだはず。この男とは鉢合わせたのか?
その場合は、生きている可能性は限りなく低い……だが男が持っていた袋には父と母しか居なかった。
第一、この男はなぜ頭部をわざわざ持っているのか………戦利品として持ち帰る?
突然———とてつもない吐き気に襲われた。
先ほど胃の内容物を散々吐き出したにも関わらず、嗚咽が止まらなくなった。
嗚咽の原因は明白。
この男が『両親の頭部を戦利品として持ち帰る』という悍ましい考えに至った、自分に対する嫌悪感から来るものだった。
父と母のことが頭から離れないが、今は前向きに考えなければならない。
まず、ロイは生きているという前提で俺は行動しよう。
今、ここで思考を止めたら———その先はないから。
考えなければならないことが、いくつもあるので頭の中で整理する。
一つ目、ロイの存在をコートの男は知っているのか?逆にロイは男の存在を知っているのだろうか?
二つ目、ロイは家の方向にまっすぐ帰ったはず、そしてコートの男も家の方角から鍛練場まで来ている。
家から鍛練場までの道は一本道だ。順当にまっすぐ進めば二人は鉢合わせているはずだ。
三つ目、二人が出会っていた場合、ロイが簡単にやられるとは思えない。
コートの男からはただならぬ気配を感じるが、ロイが出会い頭に一方的に切り伏せられる姿は想像できない。
ロイが家の方向に歩を進めた後、俺はずっとここに居たが、ロイは鍛練場まで道を引き返すことはしていない。
四つ目、コートの男は疲弊していてコートは所々赤く鉄の匂いがする。
おそらく……これは———〃血〃だ。
だが、男は疲弊しているが地面に血が滴る様子は無い。この血は返り血か?それとも、怪我を負ったがその後、止血しただけだろうか?
ロイが鍛練場を出て10分ほどになる。もし鍛練場を出てすぐに戦闘になったとしても、ロイの血だった場合渇くには早いように思う。
この四つの要素から導き出した俺の仮説は、『ロイと男は遭遇したが戦闘にはなっていない』というものだ。
答えを出したがまだ疑問は残る……もし遭遇していた場合、ロイはこの男の異常性に気づかなかったのだろうか?
少なくともコートの男からは血生臭い匂いが漂っている。
それに、こんな時間に見慣れない人物が鍛練場に向かっている、という事実にロイが疑問を抱かないとは思えない。
ましてや、その鍛練場に弟が一人で居るという状況でそれをスルーするだろうか?
再び、冷たい敵意が今度は足に纏わり付いた。
俺は即座に魔力で両足を強化した。
次の瞬間———男の左足が、四つん這いで膝を付いている状態の、俺の右ふくらはぎを踏みつけた。
強烈なスタンプだったが、魔力で両足を全力で強化したので、この前に男から食らった横腹への蹴りよりも痛くは無かった。
自分でも驚いているが、俺はなぜ足に攻撃が来るとピンポイントでわかったのだろうか?
男からの初撃は何かが来るという感覚しか無く、横腹に来るというのは分からなかった。
だが今回は違う…敵意が足に飛んできているのが分かった。
さっきと今の違いはなんだ…?コートの男が意図してやったのか?
それとも……この極限状態で、俺自身への敵意に対する感度が上がってきているのか…?
いや、コートの男が意図してやった可能性の方が高そうだ。
しかも、さっきの蹴りには———魔力が込められていなかった。
俺は少し前に男が発した言葉を覚えている。
———『次はこっちも魔力を込めて蹴る』
『この大嘘つき野郎!!!』俺は心の中で叫んでやった。
「今度は通ると思ったんが。また防いだか」
男は静かに、そう呟いた。




