060:金髪ロリとその姉
【芝川】ダンジョンから2kmの涸れ谷
ラージャとハルナの前方約300m、穴の底で盛大に炎上している本陣を抜け出して東へと逃げていく2人連れが居る。
「かなり速いな。ハルナ、速歩では追いつけないか。」
「なら、駈歩行くよ。」
【染谷】ダンジョンから5km、台地の上
距離は徐々に縮むとはいえ、かなりの速さで走る逃亡者。
「人間なのに、けっこう速いな。飛脚かな。」
感心して下手な川柳を作るハルナ。逃亡者は、頭には手拭い、短めの着物、足には股引・脚絆・草鞋。大きい方は身長1.6m足らず(5尺2寸程度)。小さい方は、1.5m(5尺)は無い。
「忍者でしょう。忍者は普段は忍者装束ではありませんから、どんな服装でも不思議はありません。身長から見て忍者の親子か夫婦でしょう。」
この地域では一般的に、男が1.6m程度、女は1.5m程度と、江戸時代よりは少し背が高い。もちろん6尺(1.8m)の大男も居る。なお、江戸時代でも殿様の駕籠担ぎは6尺で、江戸城には大奥で奥方の駕籠を担ぐ女六尺という大女も居た。
「ハルナ、綾瀬川までに追いつけないなら、襲歩を。」
【綾瀬川】ダンジョンから6km、涸れ谷
「ハルナ、襲歩お願い。いくら忍者でも馬には勝てない。」
ハルナは何も言わず草鞋(馬沓)を脱ぎ捨て全力疾走。しかし、逃亡者はさらに加速し、ハルナよりは遅いとはいえ馬並みの速度ですっ飛ばす。
「な、なにあれ、忍者って。」
オリンピックに出場すれば金メダル確実な速さで走る忍者。
【笹久保】ダンジョンから7km
ラージャが時計を見ると、約千メートルの通過タイムは1分15秒程度。この世界は標準電波が無い上に1日の長さが違うので、時計は毎日時刻合わせをしないといけないというのが問題。
【黒谷】ダンジョンから8km
約2千メートルの通過タイムは2分30秒程度。時速48km。競走馬なら100戦100敗だが(ほぼ直線で走っておりコーナーでの減速も無い)。
「次の谷、元荒川(ダンジョンから10km)までは保ちそうに無いね……。なんとかその手前で……。」
ハルナは服を着ているので、鞭は合図に使えない。なお、馬具も中川久清の人馬鞍と同様に背負子に鞍と鐙が付いたもので、馬銜は使えないし手綱も無い。
「鎧、着て、いなくて、よかった、でしょ。」
【末田】ダンジョンから9km
約3千メートルの通過タイムは3分45秒……とはいかず4分弱。前の2人も限界が近いようだが、ハルナも限界。
ラージャが、これは追いつけないか。忍者死すべし。と思ったとき、逃亡者の大きい方が盛大に転ぶ。草履を脱がずに全力疾走したのが悪い。小さい方が慌てて駆け寄る。
「ツクバ、あなただけでも逃げて!」
転んでいる方が叫ぶ。手拭いと脚絆が脱げて、馬の耳と馬脚が見えている。馬脚を露わすとはこのこと。
「姉上を見捨てる訳にはいきません。」
「馬獣人だったの?」
気付かなかったハルナ。馬畜生とも呼ぶが、こちらは、あまり良い言葉では無い模様。
「そこの2人、おとなしく降参しなさい。」
なんとか追いついたハルナの上から、ラージャが薙刀を突きつける。
「是非もなし。首を獲りなさい。でも、妹のツクバだけは命をお助けください。」
転んでいるのはハルナ同様に顔は人間で、耳や脚が馬になっている馬獣人。毛色は栃栗毛で、全体に暗い赤茶色っぽい色。
「ダメ! 姉上に何かしたら許さないんだから!」
小さい方も同様の馬獣人だが、毛色は尾花栗毛。耳は明るい赤茶色(下半身もおそらく同色)だが、髪と尾は金髪。つまり金髪ロリ。
「首は獲りません。でも、そこの小さいの、ツクバと言いましたか。もし逃げるようなら、そなたの姉を斬ります。」
「怪我していない? 立てる?」
一方、ハルナは転んでいる栃栗毛に声を掛ける。立ち上がろうとした栃栗毛はふらつき、慌てて尾花栗毛のツクバが体を支える。
「こうなっては仕方ありません。介錯をお願いします。」
「ダメ!」
ハルナと尾花栗毛が同時に言う。
「ラージャ、この子、連れて帰りましょう。」
「ええ、マリーも喜ぶでしょうね。え~と、名前は。」
「カスミと申します。煮ようが焼こうが好きにしてください。」
「私は修羅なので、人喰い鬼ではありませんし……。」
「えっと、カスミ、さん、乗って。」
ハルナは予備の草鞋(馬沓)を履くと栃栗毛を乗せて帰路に就く。




