045:お馬の稽古
【ダンジョン前広場】
「人馬鞍」、つまり背負子の親類が完成したので、お馬の稽古。ラージャ将軍は生まれつき乗馬経験があるが、馬獣人は脚が2本なので、動物の馬とは歩法が異なる。
なお、ケンタウロスなら四脚と手を持ち馬同様の走りが可能だが、体節が増える必要があり解剖学的にも内蔵の配置など無茶が生じるためか、この世界ではダンジョンモンスター以外の普通の獣人には居ない。
「これが常歩、馬の普通の歩き方で、少し速いけど徒士の人達は十分付いてこられるはず。」
「これで1日にどれほど?」
「15里くらい、急げば20里かな? あたしはここまで群馬から6日で来ました。」
人間が早足で歩く程度。
「群馬って隣の国にあるのでしょう。」
「この国の北、毛の国です。」
毛の国の住民を「毛の者」と言い、これが転じて「けだもの」となったことからも分かるように、毛の国は獣人が多い国。「木の者」が「くだもの」に転じたのと経緯は同じ。なら東の隣国、総の者は何なんだか。
「これが速歩、軽く走るとこれ。走り続けられるのは半時くらいかな。」
ジョギング。不定時法なので半時は「ざっくり1時間くらい」。
「そして駈歩。そんなに長くは続かない。」
ランニング。マラソン選手程度の速さだが、距離は2~3里程度が限界。
「街道では、これくらいの速さで、宿場ごとに交代する。」
飛脚でも馬脚でも動物の馬でも極端に速度は変わらない。
「では、最後に襲歩、全力疾走行くよ。」
ハルナはそう言うと、草鞋(馬沓)を脱いで全力疾走。
「はぁ、はぁ。これが限界。でも、これができるのが馬の最大の強み。」
短距離走の世界記録よりも早い速度。もちろん人間(3000mの記録が7分半程度)より圧倒的に速いが、さすがに競走馬(3200mが3分12秒で時速60km)よりは遅い。
「振り落とされるかと思った。馬より乗り心地悪い気が。」
「将軍、慣れてください。」
【ダンジョン影響圏の外】
「もう走れません。帰りはゆっくり歩いて帰りましょう。」
「帰りは降りようか?」
「いえ、そこまでは。」
「あっというまにダンジョン影響圏の外か。」
ラージャは名前付きモンスターで、ハルナは一般の馬獣人なので、どちらもダンジョンから出ることが出来る。
「襲歩で1里は無理です。あたしはこれくらいが限界。」
ハルナの場合、天皇賞春はたぶん完走出来るが、ステイヤーズステークスは怪しい程度。
「ハルナ、休憩しましょう。明日は、鎧を着けて薙刀で海賊をなぎ払いながら走る練習です。」
「鎧で重いと速さは落ちるかな。鎧なんか無くても、当たらなければ問題はない。」
「……最悪、私はそれでも大丈夫ですが、ハルナ、あなた名前付きモンスターでは無いでしょ。」
並んで弁当を開けるラージャとハルナ。ラージャもアスリートなのでよく食べるが、ハルナ……。
「よく食べますね。」
「あたしなんか、まだまだです。飼葉を桶で食べるとか、その桶まで囓るとか、挙げ句布団まで食べるとか、もっと食べる馬はたくさん居ます。」
たしかに、この世界の田舎では寝具には藁が使用されているが、動物の馬ならともかく、馬獣人でそれは……。
おそらく、騎乗するより、並んで武器を持った方が強いだろうが……。




